20220507

9+1周年

 2022年5月8日(明日) 開業して9+1周年を迎えます。

日本で9年、タスマニア(オーストラリア)で1年、「ペンと紙を使ってできること」で「誰かの助けになりそうなこと」をお仕事に生計を立ててきました。

9年目の今年はスローダウン、依頼仕事に応える件数を減らす一方で、ずっと手がつけられなかった自分ごとを整える時間をとらせてもらいました。

9年目の報告として

「スケッチジャーナリスト®️」「空想スケッチ®️」の商標登録をしました。

これからも長く、活動していくつもりでおります。




どうぞ、よろしくお願いいたします。

真子

20220429

海辺の水着の老夫婦

 【後ろの表紙をひょいとめくると 折り返した部分に海辺の水着の老夫婦】


2022年4月29日。印刷製本された「本」が家に届きました。ここまで3年ほどかけてつくってきた本です。いよいよ完成直近。今から取り組むのは、表紙のカバーを手折りして本にくるりと巻き付ける作業。

いくら手間をかけても惜しくないと、多大なる時間と労力をかけてつくってきた「本」。最後の最後にもうひと仕事の手仕事です。贈り物をラッピングするようなひと時です。
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もし、あなたにとっての“仕事”が「お金を稼ぐこと/お金を効率よく稼ぐこと」だとしたら、私の「本」は“仕事”とは呼べないでしょう。

いち個人として、小部数の本をつくるとすると金銭的には、なかなか大変です。「一般的に本屋さんに並んでいる本の販売価格」を上回る原価が一冊にかかってしまっています。私の手間代を入れないで出した原価で、です。

それでも「つくらずにはいられなかった」のです。「どうしてもつくらねばならないもの」として黙々と手と頭を動かし続けてきました。

なんのために本をつくっているか、と質問されても即答が難しいです。「明確な目的に向かって合理的に選んだ最適な手段」ではけしてありません。

「私が生きていること」と同じくらい、「よくわからないけど、やるしかなくて、すごく大変だけど、すごく楽しいこと」が、私にとっての本づくりです。

全くもっていったいどれほどの手間をかけてきたのか、というほどコツコツと作り続けた上に、最後にまだ手で作業をしています。一冊一冊、表紙を本に巻きつけています。

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表紙は3種類用意することにしました。表紙のひとつ、ベーシックな黄緑表紙の一部分をちょこっとチラ見せ。折り返した部分に、小さく描かれた水着の老夫婦。お花をプレゼントしています。

私の本も「贈り物」なのかもしれないなぁ。

なぜどうして「贈り物」なのか。誰への「贈り物」なのか。ひとことで説明するのはすごく難しいんですが、読んでもらえば分かる…かもしれません。

私の人生の一部分、
生きていることそのもの、
私のかけらのような「本」がもうじき完成します。

「本」の出版まであと少し




20220424

タケノコ

 第三次成長期か、というくらいメキメキバキバキと自分が変わっている真っ最中のこの頃。大人になっても、人はこんなにも変わることができるんですね。

「そなたは私、私はそなた」状態の…自他の境界が曖昧らしい小さな人と、四六時中一緒にいることで、私は変わることを余儀なくされています。

ある日、生まれて数ヶ月の赤ちゃんが、眉間に皺寄せてむずかしそうな顔するのを見て、ハッとしました。あらいけない!
きっと私がそんな顔してたのを真似したんでしょうね。ひゅっと心臓が縮まる思いがしました。あぁもっと笑顔でいなくちゃ!



赤ちゃんに話しかける言葉にも、よく立ち止まっては訂正をしています。「…ちょっと待って。今私こう言ったけど…考えてみたらちょっと違ってるかもしれない。ウェイタセカンド……(しばらく考える)…そうね、やっぱりさっきの言葉訂正させてね。あのね…」と言った感じに。

自分の立ち居振る舞いや言葉づかい、表情などをこれまでになく気にするようになりました。背筋を伸ばしたり、姿勢を気にする機会も日に何度も…増えてきました。

ずーっとそんな調子で我がふりを振り返ってるから、緊張が続く感じで、けっこう疲れるんですが…でもそのうち自分のものにできたら、疲れないでできるようになる日がきっと来るはず。自然に今より優しく柔らかくきれいな行動と言葉づかいができるようになっているはず…!なっていたい




自分ごとで発見がひとつ。あまり自覚してなかったんですが、1人でいる時の、ひとりごとがすごく多いんですね。声に出して喋ってる。

実は…お恥ずかしいことながら、結構愚痴が多いんです。だいたい、外で嫌なことを言われたりされた時、その場で黙って我慢し、1人になった時に思いっきりぶつくさ言って吐き出してスッキリさせてました。誰かにパッと聞かれた時に分かんないようにと時々英語にしてブツブツ言ってる…。なんかこうやって言葉にしちゃうと、くらい人ですね(これだって実は成長してて、20代の頃は人に愚痴を聞いてもらってたのを、30代半ばになって「愚痴を人に聞かせちゃいけないなっ」って考えを改めたんです。結果、ひとりごとに落ちついたんだと…たぶんそうだと思います)

ダメですね。いけません。
ついブツブツひとりごとの愚痴を言いそうになるときに、すぐそばで小さな人のつぶらなひとみがこちらを見てるのにハッとします。この無垢なる存在に私の愚痴を聞かせちゃいけない…!

しばらく、苦戦つづき。まずは「どうしたら、この人の耳に入れることなく愚痴を言えるか…」と考えました。しばらく「ひとりごとの愚痴を言う時間と場所を探す」ということをしていたんですが、ナイですね。今のところ見つからない。で、作戦を変えることにしました。

「ブツブツ愚痴を言わない人になろう!」
って言ってすぐ愚痴言わない人になれたら苦労しません。考えました。どうしたら愚痴を言わないでやっていけるか。

で、今のところの方向性としては…「外のストレスを自分の暮らしに持ち帰らない!」嫌なことを言われたりされた時、これまでみたいに黙ってサンドバッグになるんじゃなくて、少しでも思ってることを言って伝えることに決めました。

ストレスを溜めすぎないように、ちょいちょいピシャっと発言しよう。ストレス問題はその場その場で解消(まではいかなくても減少)させるという方向で、しばらく試してみます。

揉め事にならない程度にしたいからその辺が難しいですね。“ぶつかりオジサン”に遭遇してぶつかられた時は反撃すると大変なことになりそうだし…どうしたらいいんだろ。
(”ぶつかりオジサン”都会の駅など人混みにいる時がある。おなかの大きな妊婦さんにわざとぶつかったりする嫌なやつ。なぜそんな行動に出るのか不明。)

他にもいろいろ試してみようと思ってます。脱ストレス!愚痴を言わない人に!


とにかく「愚痴を言わない人になる」と決めたことが一番大きいことかも知れません。「愚痴を言う場所とタイミングを探す」って頭だった時に比べ、なんて言うかちょっと…気持ちが軽くなった気がします。あれ、私最近、愚痴のひとりごとでなくなってきた…!?ような…気がする!

すっごい大きな変化!!!の真っ只中にいます。

何か意見をいうたびに、ひとつづつ、それでいいのか考えるのも、気に入っています。この習慣続けていきたい


写真は昨日、感動したもの!

なにこの造形、ものすんごいなぁ!パワフルだなぁ!!岡本太郎さんみたいな、ズドォンとくる迫力!こりゃぁやばいなぁ…すっごいなぁ…!胸がザワつく!と大騒ぎしたくなるくらい。

竹林でタケノコ掘り。タケノコの造形の魅力は、パイナップルに通じるところがありますね(パイナップル好き)。

タケノコの成長にあやかって、
私も成長したい。ところであります。


20220422

私が歳をとった時には あなたのようでありたいと



私が歳をとった時には

あなたのようでありたいと
何度思ったことでしょう。
心から尊敬しています。
あたたかい感動に満ちた
数々のメッセージ
次世代への熱い応援を胸に
私もがんばります。
柳生博さんのエッセイに
挿絵を描き続けさせてもらって
私、幸せでした。
ありがとうございました。
R.I.P

本と写真 / My book and photography 


もうじき出版予定の私の「作品集+エッセイ集」の大切な要素に「写真」があります。

タスマニアでの写真は主にRaja(ラジャ) @raja.syazwina.rs.photography が撮ってくれたもの、
日本での写真は田中江理ちゃん @2komat によるものがメインです。
2人とも、私が学生だった時に出会っており(タスマニア大学と名古屋市立大学)、当時は趣味で写真を撮っていた2人ともが、卒業後何年もたった今もカメラを構えています。

Raja https://www.rajasyazwinarsphotography.com/ 

作品集をまとめるにあたり、私が当初思い描いていた本は「絵」がメインの本でした。しかし、デザイナーさんから「写真をいれたい」との提案がありました。制作風景を撮った写真や、作者(真子)自身がどんな人なのか想像できるような写真。

私は最初、作品集に自分の写真を入れることに対して否定的でした。絵だけあればいい、と思っていたんです。気恥ずかしいから、というのが1番大きな理由。女優さんやモデルさんみたいに綺麗なわけではない容姿です。いろんな人突っ込まれそう、揶揄われそう…と心配になりました。こんな私を本の中に晒さない方がいいんじゃないかな…と不安がありました。試しにデザイナーさんが選んだ写真を入れて見せてくれた案を見たときも、カッと顔に血がのぼるような気持ちになりました。

でも結局、デザイナーさんのアドバイスにのっかり、写真を載せることにしました。何度も写真を見ているうちに考が変わりました。私の容姿を見てもらいたいわけでは全然ないのは変わりないんですけど…えっと、写真には「私の容姿、以上のもの」が写りこんでいるなぁと感じるようになったからです。

Rajaは彼女のウェブサイトの自己紹介でこう書いています。

“….Photography lets us capture those fleeting moments. The emotions, the things that once were, a sort of visual record.

Photography becomes a way of seeing. “

写真は「ものの見方」であり「感じ方」なんです。カメラを構えている人が何をどう見ていたのか、の視覚的な記録です。感情とか、その時そこにあったものとか…。

そう、だから私の作品集に載せる私の写真は、Rajaと田中江理ちゃん2人の写真家の見方なんです。2人のものの見方が、写真を通して見えてきます。

だから私が本に載せるのは、「私ではない人から見た、真子のしていること」なんです。つまり2人の視点。

そう納得して写真入りの本の原稿を見ると「なるほどなぁ。確かに写真あった方がいいなぁ。」という気持ちになってきました。

思い返せば、本づくりをはじめた初期の頃から、デザイナーさんから繰り返し提案され続けました。写真入れようって。私の想像してたよりもっとずっといっぱい写真が載りました。

恥ずかしい気持ちは消えませんが、それでも写真を入れてよかったなぁと今では思っています。

2人の写真家の共通点は、2人とも私の近くに居てくれ、一緒にたくさんの時間を過ごした人であるということ。この2人の視点を見てみる…という感じで、写真も楽しんでもらえたら嬉しいです。 

20220416

毎年花が咲くこと



 かなしいきもちに飲み込まれそうな時もある。苦しくて悪夢にうなされる夜もある。目覚めても、未来への不安が拭えない朝もある。


そんな時は少し歩くといい。ちょっと疲れるくらい身体をつかい、景色を眺める。同じ道を歩いても一週間前とは違う景色に出会い、季節の変化を感じられる。

今日は30分だけ森を散歩した。緑の枝の上に白い花が咲いていた。綺麗ねぇと顔を寄せると先客。オレンジ色の小さな蝶がとまっていた。逃げない蝶が鼻先15cmの距離にいて一緒に花を眺めてるような不思議な感覚になった。ようしもうちょっと、がんばるぞというきもちになって家に帰ってきた。

かなしいの沼に浸り憂いでいるだけで一日を終えたくない。少しでも前を向き、少しでもいい方向に向かっていくにはどうしたらいいだろうと模索して、試して、ジタバタしたいと思う。

ツノハウスは新聞をとっているのだけど、私は最近、新聞を読むのが辛くなってきている。あまりにかなしいニュースがあふれている。ガッカリ肩が落ちちゃうようなニュースもある。苦しい記事を載せたら、同じくらいの分量の気持ちいい記事も載せてくれたらいいのに…。

ラジオで国会答弁を聞いてみても非難し合うばっかりなやりとりが続くとげんなりとしてくる。ヤジがかぶるともう耳を塞ぎたくなってしまいパチっと電源を切る。国会答弁もしばらくきいていない。

間違いを指摘し非難するだけが、社会を心地よい方向に変える方法ではないはず。現状のいいところを見つけ認めて、大切に残していくことだって、変革と同じくらい大事なこと。なくなってから騒ぎ立て嘆ぎ誰かのせいにして責め立てる前に、まだそこにあるうちに気がついて大切にできないだろうか。

今ここに当たり前のようにしてある環境や仕組みのなかには、先人たちが苦労してつくりあげてくれたものもあり、それらを簡単に放り出したりしたくない。
平和な暮らしの貴重さ、ありがたさをヒシヒシと感じること。安易に戦いを煽らないこと。諍いをながびかせる行為に加担しないこと…。



当たり前のように毎年桜の花が咲くことの、すごさを忘れたくない。雪と氷に覆われた氷河期にこれから突如突入しちゃったら見られなくなるかもしれない景色をしっかり楽しみたい。

人と植物と動物と、今この世界の美しさを見つけ認めて、慈しむことを大事にしたい。(批判精神ももちろん同じくらいだいじ。注: 非難と批判は別もの)とそんなことを今日も考えています。

抽象的で散漫な文章でちょっと分かりにくい投稿になってしまいました。すみません…。えっと…今日書いた内容によく似たことを、具体的なエピソードをまじえながら、エッセイとして書き上げました。具体的な文章の方が読みやすい、はず。です。

悩みと、願い、祈りのような…切実なきもちをぎゅぎゅぎゅーっと詰め込んで文章を書きました。私のエッセイ集+作品集。つくるのに3年くらいかかっております。もうじき完成します。完成したらぜひ読んでください。

#最近本をつくっています

写真は3月の名古屋、竹林の向こうにしだれ梅

20220117

’last post' for a while.



私たちのところへやって来た小さな人、かわいい赤ちゃん!についての投稿は、これを最後に、しばらく筆を折ります。18年後くらいに、本人から許可がおりたら、次の投稿があるかもしれません。

18年後といわず、もしかしたら、30年後くらいになるかもしれませんね。もしいつか「新生児との日々」を綴ったエッセイを出版することになったら(すると私、とうに還暦をすぎてることになりますね‥うまく想像できない!)その時はぜひ、「
あぁ子どもとの関係うまくいってるんだなって」温かい目で読んで下さいね。
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This could be a last post about our baby for a while. I will not share photos, name, character and personality of our child on the internet and any other public media where anybody can see. The following story might be uploaded, Only if our child allows me to share when the child grew up enough 18 years later. Perhaps, I may publish a collection of essays on newborn parenting 30 years later, then you will know my baby let me to write.

I would love to talk and share about our baby’s stories with my family and friends in personal, but not on the post. I like to hear from you as an “experienced patenter”, about the worries and joys of parenting. It is encouraging.
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不特定多数の誰もが見られるオンライン上、SNS、新聞や雑誌含む媒体などに、自分の子どもの「個人が特定できる状態で、性格やそのほか個性について言及しない」。

というルールを自分に課したのは妊娠するよりも、もっとずっと前のことです。
決めていたはずなのに…いざ、赤ちゃんを目の前にすると、あまりの可愛らしさに、姿や仕草を世界中に見せびらかしたい欲求がむくむく湧いて来て、葛藤してます。

自分の欲求の塊に楔を打つためにも、今回、「宣言」を投稿することに決めました。
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子育ての話をしたくないわけではないのです、ただ「オンライン上の誰でも見えるところではしない」というだけです。子育て経験者の方の体験談を聞けるのはすごくありがたいことですし、同じような状況の人と大変さや喜びを分かち合うことができるのは、嬉しいことです。

そして…近しい人(家族や友人)には、「うちのこ可愛いんだけどどうしよう!」って親バカ話を聞いてもらえると嬉しいです。(うっとおしがられない程度に抑えるようにしなくちゃ…。)
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親になるよりもずっと前に、自分がまだ子どもであった時のきもちを忘れないうちに、「自分が親になった時に、してはいけないこと」を色々考えていました。基準は…小さな時の私がめちゃくちゃに怒るだろうこと。親子関係に修復が難しいくらいの亀裂が入ってしまいそうなことはしない、と決めました。
(私の怒るポイントいっぱいあるので大変!)

自分がけっこう…わりと小さな頃から自分の意見をきっぱり持って、頑固で、意思が強い感じなので…もし私に似た感じの子だったら、こりゃぁたいへんなことだなぁ。と想像します。(私の両親はよくこんな私を投げ出さず育ててくれたもんです、と今更ながら思っているところです。苦労かけました。)さて、私たちはどうなることやら、ちょっとキンチョウしてます。

自分がいやだと思うことはしないっていうシンプルなルール。でもどんなに想像して準備しても、実際は自分とこの子は違う人で、違う価値観を持つことになるでしょう…から、そう簡単にはいかないでしょうね。この子は何を好み、何をいやだと思うのかしら。よく聴いて、話し合いながら都度考えていくのだろうなぁ。いっぱい親子げんかするのかなぁ…どきどき。

親子げんかできるくらい大きく、無事に健康に成長してくれますように…!

いつだって、ひとりの人間として尊重し、敬意を持って接したいと思っておりますよ。

写真は泣きはじめの顔のスケッチ。ぴっちり閉じた目の真ん中あたりに、ぷくーーっと球がふくらむような涙。あぁ、泣いてるのに可愛い‥!
It's a sketch of a baby face that started crying. I can see tears like a bulging ball, around the center of the tightly closed eyes.




*余談

妊娠出産報告をして以来「話ができる仲間が増えた!」と感じてます。心強いことです。

(フリーランスの絵描きの悲喜こもごもの話が通じる人が少ないことに比べると、子そだて経験者の数は絶対的に多いですね。)


赤ちゃんと一緒に歩いているだけで、声をかけてくれる年配の女性もいて、なんだかあたたかい気持ちになります。タスマニア大学院時代の友人たちとも再びつながることができ、海の向こうの各国での子育て事情の話が聴けるのも楽しいことです。自分よりずいぶん年下の、だけど親業では先輩の子からは、日本での子育てと仕事の両立についての現実的なお話しをききました。参考になります。

年齢や国を超えてフラットに話すことができる共通の話題なんですねぇ、子育てって。


「親になったもの同士、知恵を出し合い、力を合わせこどもを育てていこう!」というこの感じ、いいものですね。平和!

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Since I tolled that my pregnancy and childbirth, I feel that "the number of friends to talk has increased!" It is encouraging. Parenting seems like a common topic that we can talk regardless of age or country.

(Compared to that there are few people who talks about the sadness and joy of sketch journalist / solo painter, the number of people who have experience with child-rearing is absolutely large.)


I talked to the women who are about 10 years younger than me, but she's already raising children. It is very useful to hear about the current state of the childrearing environment and working conditions in Japan.

It’s fun to reconnect with friends from University of Tasmania and listen to stories about parenting.


Even an elderly lady who walked passed, talked to me and baby. " Hi. What a beautiful baby! does your baby sleeping well? joust few more months to go. Then, you will be able to sleep enough. good luck." It made me feel warm.


It's like, "Now, let's share our wisdom and work together to raise small children." very nice. Very peaceful.



20220110

2021年に読んだ本記録 Books I have read in 2021

 49冊
2021年は例年の半分以下(昨年の1/4)の読書量です。体力/体調的な問題ですね。冊数は少ないですが、とても良い本に出会えました。購入した本は例年よりも多いかもしれません。(図書館などでかりて読んだあと、気に入ったものを購入します。)


共に生きるということ be humane (100年インタビュー)

未来の授業 SDGsライフキャリアBOOK

八ヶ岳の野鳥に逢いにきました。

「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出

聴くと聞こえる: on Listening 1950-2017

目でみる妊娠と出産 (Visual series)

日めくりマタニティブック

日本の藍 ジャパン・ブルー Japan Blue

染め草の散歩道

緑のデザイン 住まいと引き立てあう設計手法

鬼は逃げる

「Yawn」ヨーン 町と旅を思い起こす文芸誌 雲の上のスープ

商標登録の実務がよくわかる本 (こんな実務書がほしかった!Series)

パリの有名レストランを巡って辿りついた、私の星付きビストロレシピ

人生の基盤は妊娠中から3歳までに決まる: 人生でいちばん大切な3歳までの育て方

親と子のアドラー心理学

46歳で父になった社会学者

イタリアでのこと 旅で出会った、マンマとヴィーノとパッシオーネ

最後の昼餐


ほか

20220101

Welcome.

10ヶ月、おなかの中で育ってきた赤ちゃんが、外の世界へと出て来てくれました。

Please join us to welcome our baby. I wish I could travel around with my baby to introduce to my old friends instead of greeting on facebook.


Adorable beautiful baby came out, after 10months of amazing maternity life! It was a wonderful and magnificent experience that could not be explained in words. Through the experience, I realized that human beings are also one of the animals/life -it might be sound strange to you-. Fell the soft and warm weight of a small person sleeping in my arms, and mutter “it's just amazing. It's wonderful."


すごいものですね。

腕の中でスースーと寝息を立てている小さな人の、柔らかく温かな重みを感じながら、「まったく不思議でならないけど、とにかくすごいことだなぁ。すばらしいことだなぁ。」と感動しています。

まったく、どう言葉にしたらいいのかうまく分からなくて歯がゆいんですけど…。人間も動物のひとつ、生き物だったんだわぁと思い知らされた気分です。


生命誕生の過程において、自分にははかり知れないことばかり。小さな細胞が分裂を繰り返し、さまざまな器官がつくられ一人の人間が作り出されてきたと…本で読み想像することはできますが、それ以外自分でできることって、あまりありません。例えば「今日は赤ちゃんの肺を完成させるぞ!」なんて決意し計画を立て自分で手を動かすわけじゃないんですよね。いつの間にかできあがってる。それがさも当然のことのようにおこっていて、なんだかすごいことだなぁって思うんです。

自分の身体も。自分のものでありながら自分のコントロール下になく、何らかの力によって組み変えられ続けてきた10ヶ月の妊娠生活。しまいには、一度身体が解体され、壊されたかのような分娩!(なかなか過酷な体験でした。)


生き物ってすごいなという感動と共に、現代の医療にも感謝しています。今こうして、ふにゃふにゃ寝ている赤ちゃんを眺めながら、呑気にSNS投稿文を書いていられることは、ほんとに奇跡的に幸せなこと。名古屋市立大学病院のみなさまありがとうございます。(ほんとは、海での水中出産に憧れがあった私ですが、今回大学病院で出産できて本当によかったと、心から思っています。)


余談ですが…陣痛がめっちゃくちゃ痛くてすごくツライ時に、むかし自分が描いた絵に再会しました。のびのびと泳ぐ魚の群れの絵。透き通るオレンジとブルー、陽気な色の魚たち。苦痛にゆがんだ瞼の隙間から絵を眺め、気持ちよい海の中を想像して陣痛の波の中を泳ぐようにして乗り越えました。むかし自分の描いた絵に勇気づけられた気分です。(「この絵私が描いたの!」と助産師さんに説明しようとしたんですが、あまりに痛すぎて「フーーーーッ!フーーーッ!」という息以外、何の言葉も口から出てこず。笑)

実は名古屋市立大学は実は私達夫婦の母校でして、産婦人科の先生2人お友達でした。すごく心強かったです。


不安要素の多い妊娠出産でしたが、ふたをあけてみれば、無事。要所要所で、まわりの人や環境に恵まれ、なんとも幸運な私たちです。今も、様々な人の温かい目に見守られています。ありがたいことです。


There wasn't much I could do. I can only imagine the process of the birth. I read that a small cells repeated division, and various organs were created, and it became one human being. Amazing! 

Also, My body was not under my control, and had changed 10months by some force/ whatever. Then, it was like “once my body was broken,  dismantled, and now it's being reassembled.” It was quite rough birth. 


I am impressed that How amazing life is! At the same time, I am also grateful for newest modern medical care provided by the university hospital. I am appreciate to Nagoya City University Hospital.


By the way, I got a bachelor's degree from Nagoya City University 14years ago. I was studying the medical environment and art. Inside the hospital, there is a mural that I drew when I was a student. I reunited with the mural painting when my labor was so painful. The picture shows the fish swimming freely and lively. The colors of the fish are orange and blue, hilarious and cheerful colors. I looked at the painting through the gap in my painfully distorted eyelids. The mural cheered me up. I tried to explain to the midwife, "I drew this picture!", but I couldn’t. It was so painful  so I couldn't say anything other than the breath “phoooooo phooooooo". Lol


Looking back, we are very fortunate to be blessed with the people and environment around us. Thanks.


There are many things I want to write, but I need to finish writing. As my baby is crying, I have to feed my baby. Thank you for reading my strange note….