20080626

お百姓さん/土の話

「大忙しの田植えが終わって、次から次へと生えてくる草と毎日戦っていました 
ようやく一息つけたところです。 
バタバタとしていて連絡できなかったけど…元気ですか?」 
と、連絡をくれたのは、循環農法に精力的に取り組むHさん。  


              クローバー 


農家さんをまわっている。 
若くて、真剣に農にとりくむ人達。 
彼らは自分達のことを「百姓」と呼び、そう呼ばせたがる。お百姓さん。 
日に焼けた首の裏、がっしりした腕、汗ばんだ肌、爪の間にはいりこんだ土。 
「パソコンの前に一日中座っとるなんていかんに。危険危険。 
外に出て、体を動かして、汗をかかにゃぁ」 
にやっと笑う歯が白い。 

お百姓さんたちから、野菜を買い、卵を買う。 
自然が与え、お百姓さんが紡いだ「いのち」を頂く。 
うまい。うまいなぁ、と思う。 
この野菜が、自分のいのちになる。体になる。命の交歓。体中をめぐる。 
ご飯を食べながら、そんなことを考えると、妙なものは食べられないな と思う。 
今食べているものが、未来の身体をつくる。 
女の身体は自分ひとりのモノじゃない。 
いつか新しい命を宿すための借り物だと思うと、 
自分の身体に無責任なことはできなくなる。 
魚類から人間へ、10億年の進化をたどる母体の中での10ヶ月 
汚れた海で育てたくはない。 
「もぉ、おねぇちゃんは、いちいちオオゲサなんだから」と妹に笑われながら 
それでも大真面目な私は、本屋さんの「食」「生物」のコーナーが最近お気に入りだ。 
(お気に入りコーナーは、コロコロ変わる・笑 
こないだは精神分析学コーナーにどっぷりだった) 

さてさて。話がずれてしまったので、ちょこっと軌道修正。 
そう、今食べている野菜が、自分の身体をつくる。 
その野菜は、土からうまれる。大地。 
つまり、いろいろぶっとばして解釈すると 
自分の身体は大地から出来ていると言えなくもない。 
「身土不二」 
という言葉がある。 
身体と土は、気って切り離すことのできない=二つに分けることのできないものだという。 
(様々な解釈がされており、土を環境とする場合も、土地柄とする場合もある。 
最近流行のマクロビの本なんかでよく目にするが、 
マクロビ人間がこの言葉を使うとき、なぜだか違和感を感じている) 

まぁまぁ、難しいことはさておき 
裸足で、土の上に立って、 
庭の畑で育つ野菜を眺め、もいで、かじってみると実感する。 
「土ー野菜ー飯ーウマーーーーイ」 

六月。もりた家の畑では茄子が実をつけはじめた。 
きゅうり、トマトももうじきだ。 
もりた家には大きな梅の木があり、こちら今年もたっぷりとれた。 
半分は梅干に、半分は梅酒に仕込む。 
今年あけたうちの梅酒は14年ものだ。 
14年前10歳の私が、母を手伝い一緒に漬けた梅酒を今 
24歳になった娘が母と飲む。 
小学生のころの私が書いたラベルの文字、 
慎重な筆運びの「梅酒」に母がいたく感動していた。 

ちょっとあなた太りすぎじゃないのって感じの私の身体 
血圧やら何やらいろいろ調べてみるとびっくり超健康体。 
(あとはお酒さえ気をつければ……) 
「悪いものは食べさせてないよ」と自信を持って母が言う。 
「でも、もちょっと痩せなさいよ」と母は言う。 
痩せる痩せないは今回は置いといて 
私の身体をつくってきた食物の多くがこの土地から生まれたものだ。 
外食のこと、名古屋で暮らしてきた期間を除いて考えなければならないが、 
家でたべる米は全て、この田んぼでとれた米。 
文字通り「身土不二」 


              クローバー 


さて農家さんをめぐっている。お百姓さんをめぐっている。 
畑に行く。土を見る。泥を触る。虫を見る。蛙と目を合わせる。 
いろんな畑がある。いろんな農家さんがいる。いろんな土がある。 

豊橋、田原、渥美、このあたりは酸化鉄を多く含んだ赤土。 
海のほうへ行けばますます赤みが強くなる。 
砂性の土は水はけが良く、果菜類がよく育つのだと教えてくれた。 
水はけが良すぎて、以前は不毛の土地だったのが、豊川用水ができてから 
豊かな農業地域に変貌をとげた。 
山の方、新城、鳳来へ行くと、土は黒くしっとりとしてくる。 
黒土は養分たっぷり。 
粘土質の土は水もち、肥料もちが良いそうだ。 

赤土か黒土か。 
砂か粘土か。 
それぞれ長所短所があり、 
それぞれよく育つ作物と育ちにくい作物があるそうだ。 
海よりと山より、土の色が違い、そだつ野菜がちがうから 
畑の景色は一目見てずいぶん違う。 
おもしろいなーーーとわくわくしながら景色を眺める。 


              クローバー 


いろんな畑がある。 

雑草が一本も生えてないような(まぁ一本もってことはないけど)畑もある。 
虫が見えない、鳥がいない。 
膨らんでいっせいに色づく野菜を見ると、なんだか薄気味悪い。 
収穫時期を揃える為に、ホルモン剤を撒いて成長をコントロールするのだと聞いた。 
違法ではない。「人体に害は無い」と現在の研究上、法律上は安全な野菜だ。 
でも。 
自分の家で、その野菜を食べない農家さんがいる…。 
自分の家庭で食べる野菜は、別につくっていたりする…。 

一方で、まったく極端に草ぼうぼうの畑もある。 
最近徐々にはやってきている「自然農」というやつだ。 
不耕起、無農薬、無肥料。 
畑なんだか荒地なんだか、一見分からない。 
一つの種類の野菜だけを大量につくるから大量に虫が発生したり 
ひとつの病気が流行るのだと彼らはいう。 
少しずつ、いろんな植物を隣り合わせに育てる。草も一緒だ。 
草にまぎれて、ひょろひょろっとのびる野菜。 
「小さな実にはぎゅっと甘みと栄養がつまっているんだよ」 
なるほど。頭では分かったような気になるが、なんとなく腑に落ちない。 
なぜ私は疑問を持っているのだろう? 
自然農の畑では、美味しくて、安全で、栄養価の高い野菜がとれる。 
ごく少量。 
彼ら自身が自給できる分と、少しの現金収入を得られる分だけの野菜量。 

有機農法という方法をとるお百姓さんがいる。 
こちらは、自然農とは少し違い、耕すし、肥料もつかう。 
ただし化学肥料を一切使わず、草葉や糞、時には魚のアラなどでつくった肥料 
をつかうように心がけている。 
1cmの土をつくるのに10年の歳月がかかるのだという。 
10cmなら100年だ。気の遠くなる話。 
土への挑戦ははじまったばかり。 
丁寧に土をつくりはじめて数年。 
農薬は一切使わない。今まで土が含んでしまっていた農薬を浄化させるにも 
時間がかかる。 
過去に畑の隣にゴルフ場の計画が持ち上がったことがある。 
ゴルフ場の芝生を管理するために、大量の薬が撒かれるだろう。 
何年もかけて、育て上げた土は、一瞬にして死んでしまう。 
彼は猛反対した。今ほど理解のない当時、彼は必死に訴え署名を集めた。 
一農家の提言がキッカケでゴルフ場の計画は頓挫した。 


              クローバー 


子供を四人育てている、お茶農家さんがいる。 
農薬を極力減らして、真面目に安全でおいしいお茶づくりに励んでいる。 
何軒かのお茶農家が協力して、それぞれの畑をじゅんにめぐりながら作業する 
その協会からは離れた。協会のきまりよりももっと少ない農薬で、その代わり手間をかける。 
何人かのグループでお茶を摘むとなりの畑を横目に 
夫婦二人だけで作業をする。重労働。 
「儲かりはしないのよ。全然。ほんと贅沢はできないのよ。 
でもこの人がねぇ。どうしてもって、こだわるもんだから」 
と、奥さんは、旦那さんに目をやる。口をへの字に結んだだんなさん。 
「でもねぇ。子供達は『おかぁさん達の何が楽しいかわからん。 
わざわざそんな大変なこと』って。言うじゃんねぇ。分からんって。」 

無農薬にできることならしたいけれど、実際は難しい。 
完全無農薬を目指した一区画では、あやうく全滅しかけた。 
「ねぇ、このまま全滅したら、うちはやっていけないよ。食べていけないよ。 
一度だけ、一度だけでいいから少しだけ薬を撒こう」 
奥さんの必死の訴えで、だんなさんは折れて一度だけ薬を撒いた。 
薬への免疫がなかったせいか、たった一度の散布でおどろくほど効果が出た。 
ほんとにぎりぎりの最低限の農薬の使用で、その畑は持ちこたえた。 
だが、採算は合っていない。 


              クローバー 


おいしくて安全な野菜をつくる。 
理想に燃える若いお百姓さんたちが週に一度集まって、市をひらく。 
出勤前に寄れるようにと、朝はやくから市をたてる。 
おいしくて安全な野菜を求める、食の安全への関心の高い消費者が集まる。 
意外と、若いお母さん方が多い。 
小さな子供を抱いた人や、妊娠中の人。 
これだけ食の安全への信頼がゆらいでいる世の中、 
小さな子供に何を食べさせたらいいのか、必死なのだ。 
それだけ関心が高まっているのだな、と思う。 
市には飲食店を営む料理人達の姿も見かける。 
かれらは気に入った農家さん、畑、野菜をみつけると、 
直接仕入れる契約をするときもある。 

「マクロビオティック」「玄米食」「自然食」「ベジタリアン料理」 
などに傾倒している女の人も増えているようだ。 
否定する気はさらさらないが、意固地に掟を守り抜く戦士達はちょっと苦手だ。 
白米だっていいもんだよ。動物性たんぱく質、食べたいときあるじゃん。 
甘い砂糖のお菓子だって食べたいときあるさぁ。おいしいもん。と思う。 
でも、ま。ひとそれぞれ。信じるものがあるのだ。 
つべこべ言うつもりはない。 

厳格なる菜食主義者にして玄米崇拝者、農薬をこの世の悪と憎む若い女性が 
市をちょろちょろしている私に、あるお百姓さんをプレゼンテーションしてくれた。 
「ほんとにこの方は素晴らしい農家さんなの!儲けを全く考えずに私たちの為に頑張ってくれてる! 
奇特な方なの!もう、この人意外のお茶は飲めないわ! 
やっぱりこれからは無農薬よ無農薬!絶対無農薬!無農薬万歳だわ!」 
生産者のお百姓さんは、ちょっと困った顔をして、小さな声で言った。 
「完全無農薬というわけではないんですよ。でも、極力抑えてはいます。 
大儲けしようとは思ってないけど、大赤字を積み重ねていくわけにも。ね。」 
先ほどの段で説明したお茶農家さんだ。 
慎ましく暮らし、四人の子供を育てている。 
たった一度の農薬散布。他の畑で使う農薬の比ではないけれど… 
そう説明された熱心なマクロビニストの彼女はきょとんとした。 
そして、こう言い切った。 
「農薬はぜったいダメ!農薬を使ったお茶なんて、 
農薬を溶かして飲んでいるようなもんでしょっ!!」 

彼女の目的は「安全な食べ物」なのか「無農薬」という分かりやすいブランド名なのか。 
目的がズレてしまっていないだろうか。 
そう問いかけてみたかったけど、やめた。今の彼女の耳にはたぶん届かない。 

使い込んだシャツにエプロン、泥のついたズボン 
お茶を摘み、運び、子供の体操服をつくろった、小さいけれど、厚い手、 
節ばって、茶色く日焼けした手の爪はきれいに切りそろえられている。 
お百姓のおばさんは、かわいい笑顔を消して、申し訳なさそうに俯いた。 
「絶対無農薬」を語る若い女性の、白く柔らかそうな手には 
キラキラと高価そうな指輪が光っていた。 


              クローバー 


農業のことを考えるのは、難しい。 
単純に、安全でおいしい野菜をお百姓さんが作るには難しい風に 
社会がなっちゃってるみたいだ。 
むむむむ 
と難しい顔をしながら、私には途方も無い問題だわーとぺたんと座りこみ 
土をいじる。 
つちつちつちつち。いのちを生み出す土。 

私はただ、シンプルに、単純に、安全でおいしい野菜を食べていたい。 

いろんなお百姓さんの話を聞くたびに、頭がこんがらがってくる。 
なんてこったい。困ったな。東三河の野菜をどうまとめよう。 
もんもんとしながら、足を動かす。人に会う。 


              クローバー 


Hさん。日記の冒頭で紹介したHさんは、農業に 
信念を持って真面目に取り組む、熱い熱いお百姓さん。 
循環農法という農法を選択している。 
彼は静かに優しく、私に、土の話をしてくれた。 

「土って、すごいんだよ。 
人がわざわざ手を加えなくても、ちゃんとうまいこと回っていくんだよ。 
土は次に何をしたらいいのか自分で分かっているんだ。 
度重なる農薬散布で土が死んだ後、もしくは、大工事で掘り返された後 
土は自然に、自分の力で、命豊かな土にもどしていくんだよ。」 

「どういうことですか?」 

「荒れた土地をほうっておくと草が生えるでしょう。草はなぜ生えるのか。 
草は、その土に不足しているミネラルを作るんだよ。 
カルシウムの足りない所には細い小さな竹が生える。 
そのまま自然に倒れると 
…農地として使うために早く土を作りたいから私達は切り倒すんだけど… 
切り倒すと、ススキが生える。 
そのススキを毎年刈り倒して置くと小さくなり、無くなる。 
そのあとに生えるのはスギナ。 
スギナはケイ酸カルシウムをつくる。 
そして、ナズナ 
カラスノエンドウ、 
オオバコなどの薬草が出てくる。 
イネ科の植物が生えているところは、カルシウム欠乏。 
スギナやナズナは土づくりの主役で、スギナがでてくるのを見つけると 
『土が元気になってきたぞ』ってうれしくなる。 
もし、雑草も生えないような痩せた土地で野菜を育てようと思ったら 
少なくとも一年は、ぼうぼうに雑草をはやせば良い。 
生やしては、刈り込んで、すきこんでを繰り返せば、 
何の肥料を与えなくとも、土は元気になるんだよ。」 

土って、草ってすごい。  

Hさんの話を聞いて素直にそう思った。 
科学的に正しいかどうか、私には断言できるほどの頭も知識も足りないけど 
この話には、素直に素直にうなずける。なぜだろう。 
100%正しいとは思わないにしても、 

すごいよ、土、やるじゃん! 

雑草がぎっしり生えた土地はただの荒地じゃなかった。 
土の治療中だったのかぁ。 
生えてる草を見れば、土の状態がわかるんだ…そう思ってまわりを見回すと 
いままで同じに見えていたただの空き地や荒地がそれぞれ違って見えてきた。 
末期の土。初期段階の土。健康な土。 

高校生のころ、林正道さんという海の男が私に語ってくれた 
あの、海が自分で浄化していく過程ととても似通っている。 
自然ってすごいなぁ、と思う。 
かなわないや。 


              クローバー 


土ってすごいなぁ って感動したところで 
三河の野菜についてを記事にまとめて、このエリアの人に届けよーって 
夢中になってたのに…できなくなった。 
できなくなっちゃったよ。 

っちぇーーーーーーーーーー。 

このテーマも私の切り口も、重すぎるようだ。…否定できないけどさ。 
このエリアのフリーマガジン読者が欲しがっているのは 
安くて大盛りのお店の情報、野菜だったら、野菜が安く沢山買える場所だけなんだよ 
って、そーゆこと?それは肯定しかねる。 

が、まぁ、とにかく、ちぇーーーーーーーーっだ。 
しょんぼりだよ。まったく。さぁ。 
あーーーぁーーーーー。がっかり。 
しょぼくれた顔をしながら、野菜を手に取る。 
いんげんでも買ってかえって茹でてたべようか。 






金曜日の有機朝市で野菜をだしている、 
陽気なジャズメン(自称)のお百姓さんが 
鼻歌まじりにふふ〜んとにこにこ近づいてきて 
底抜けに明るい声で声をかけてきた。 
「おっ!編集者さん元気ィ?だめだよォ。そんな顔してちゃ。 
部屋に閉じこもって仕事しすぎなんじゃないのォ〜?? 
やっぱ外に出て、風にあたって、身体動かさなきゃネッ♪ 
よぉ〜〜〜し、じゃあ、温泉イコウか!温泉! 
いい温泉知っとるんだ〜。山奥の秘湯!天然露天風呂! 
一緒にはいろうか〜〜〜〜」 
「何言ってるんですか。一緒になんて入りませんよ!行きません!」 
って、むぅっとして言いながらも 
かかかかか と笑うその声で元気になっている自分に気がつく。 


「百姓っていうのはさ。百人の女を生き生きさせることができる男のことなんだ」 

だってさ。 
かなわないね・笑