20190218

民藝フィロソフィ 2019年の100日記,


ロマネスクの美というものが中世の美の一番の基本であり、そして中世の美というものは「真」と一つになっていて、そういう美の極まる処には必ずグロテスクな表現というものが出てくる…民芸はもちろんのこと、工芸及び美術でも、古い時代に帰って原点のような処まで追い求めて行くと、何か宗教的な世界にぶつかる事が多い。日本でも西洋でも、歴史の中で、常に創造的な美の時代が現出する時は、それが常に宗教的な時期と一致してきたことが多い。…そうかと言って殊更にグロテスクな感覚をねらったものは勿論論外である。


松本民藝品にかこまれて、朝のコーヒーをいただきながら読む「通俗民芸論」。朝から、なかなかヘビーな読書時間を楽しんでおります。心の中でツッコミを入れながら読んでいます。著者池田三四郎さんの、師匠柳宗悦さんへの(アツク重めの)敬愛が溢れんばかりにつまった本。

もし万一民芸美を語る師の教えが間違いであったとしても少しも悔いるところはないばかりか、美の法門一宗を創立しようとして、深く浄土門にその裏づけを求めて、無有好醜の願に至って開眼された師の思索と民芸美の原点を具体的な世界の中で明確に解き明かした、その不出世の英明さに何の誤謬があり得よう。…浄土門でいう異安心の世界おちいることがあろうとも、しょせんは生涯ろくでもない虚仮不実な世俗から一歩も出る望みはなかったであろう自己を反省すれば大変な恩寵であったといい得る。 

「松本ホテル花月」滞在中です。先月、2019年1月に初めて宿泊し、とても心地よかったのです。今月2月もまたお世話になることにしました。前回滞在時に読み始め本の続きをと、ロビーのライブラリーへ。以下Webサイトよりホテルのコンセプト文を紹介
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民藝フィロソフィ
松本の日常の記憶
民藝精神にみる他力美 。
それは風土や伝統、そこにある自然の力を借りて、
文化の中に必然として生まれる。
日々絶え間なく永い歴史が重なり、
磨き上げられた名もなき物たち。
そこにあるべくしてある、本当の美しさ。

質素だけれども人間味があり、
水が流れるように自然で、使うほどに親しみが増す。
ありのままにごく自然に居られる時間を。

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