20080705

海辺の話/否定しないこと、否定できること01

Tさんという人物を知ったキッカケは一枚の写真だった。 







砂の上に描かれたタートルトラック。
産卵の為上陸した、アカウミガメの足跡。


この写真を見て、しばし放心した後、ラブコール。


なんて強い写真なんだろう。
いい写真。
フィルムがどうとか、空気感が、とか、ピンをどこに合わせてどこぼかすとか
レンズがどうとか、こうとか、そういうのじゃなくて。
ただ強い。


砂浜の上の足跡は風に流されてすぐに消えてしまう。
毎朝毎朝欠かさずに海に出ている人だからこそ撮れる写真。
そして強いメッセージをもった人だからこそ。
この写真を撮ったのはカメラを生業としているカメラマンではなく
表浜、砂浜の魅力の虜になってしまった海の男。
それがTさんだ。




(*写真は表浜ネットワークさんのもの。に、ちょこっとだけ手を加えました。 )














さて。写真について少し説明をしたいとおもう。


愛知県の太平洋岸、表浜の砂浜沿いに並んでいる
「消波ブロック」「波消しブロック」あるいは「テトラポッド」。
(テトラポッド (tetrapod)」は本来4本足のもののことだけど。
商標登録されてる「テトラポッド」という言葉の方が消波ブロックよりも聞き覚えがあるのでは?)
この消波ブロックが、産卵したいアカウミガメの行く手を阻んでいる。
進んではブロックにぶつかり向きを変え、また挑戦しては…
この母ガメは産卵することなく海へもどった。
子ガメが孵化する時期になると、
この消波ブロックに阻まれて海にたどり着けずに息絶えた 
たくさんの死骸をみつけることができるという。














ところで、太平洋を回遊するアカウミガメの産卵地が
日本の砂浜だけだと知っていますか?
日本の砂浜で孵化した赤ちゃんカメは太平洋に泳ぎ出て
まずは黒潮にのって日本沿岸部を北上し
太平洋を渡ってアメリカ西海岸へ。その後南下。
ぐるっと太平洋を一一周する。
大きく育ったアカウミガメは自分の産まれた日本の海岸へ戻ってきて
砂浜に上陸し、産卵をする。
もし、日本の海岸の環境がアカウミガメの産卵を拒んだら
地球上のアカウミガメが命を繋ぐことはほぼ不可能になる。
ある種の生き物が完全に地球上からいなくなるかもしれない。
日本の海岸の責任は重大だ。
それを踏まえた上で、日本の沿岸部を眺める。
私はどうにも疑問を持たずにはいられない。
果たしてその消波ブロックは本当に私達にとって必要なものなんだろうか?


日本では海岸を大開発していた時期があるようだ。バブリーな時代。
あちこちの海岸が美しく整備された。商業施設、遊園地、ホテル、オフィスビル…
大学の建築学科では
「卒業設計のテーマーに“ウォーターフロント”を選んでおけばまず間違いない」
と言われていた時代。
その時代に計画されて、最近できあがった施設もいくつか思い浮かぶ。
時代においてけぼりにされて、採算があわなくて悲鳴をあげているあのエリア、あのテーマパーク…
キラキラ輝く灯りは、観覧車は、道は、巨大な娯楽施設は
ひとつの種類の生き物を根絶やしにしてまでも
するべき必要な開発なのだろうかか?




何もアカウミガメが特別かわいいから言っているのではない。
アカウミガメは、分かりやすく説明するためのひとつのアイコン過ぎない。
















今、消波ブロックの存在意義が揺らいでいる。


そもそも、消波ブロックは自然の驚異へ備えるためにつくられた。
防災効果を期待されてのことだ。
伊勢湾台風の記憶ののこる人も多いこのエリア
台風等自による水の災害への恐怖に慄きながら暮らしたくは無い。
では、私達が安心して暮らすためには
消波ブロックは必要不可欠なのか?




不思議な景色がある。
愛知県と静岡県の県境の海岸だ。(しまった!この写真も貰っとけばよかった)
消波ブロックは愛知県側にのみ存在する。ブロックの列は県境でぷっつりと途切れているのだ。


表浜海岸は、西は伊良湖岬から東は浜名湖今切口までの海岸までつづく
一続きの白い砂浜なのに…
http://www.omotehama.org/omotehamanw/contents/omotehamakaigan/index.html
西は危険だから消波ブロックが置いてある?東は安全だから置いてない?
砂浜は、海底は、この県境でぷっつり分かれ別の性質を持っているの?
ザラリとした違和感を感じる。


そんな景色になった一番の理由は、海岸整備の管轄が違うから。
日本は国中の海岸を一斉に消波ブロックで埋め尽くそうとした時期があった。
愛知県はその方針に乗り、静岡県は(表浜周辺では)乗らなかった。
考え方の違いかもしれない、経済的な事情かもしれない、何か黒い事情があるかもしれない
消波ブロックに守られた愛知県民は幸せで、
危険に晒されている静岡県民(表浜周辺の)は不運なのだと言い切ることができるのか?
消波ブロックは絶対に必要なのか?


水害や水難事故の減少にどの程度役立ったのだろうか?
調べれば、愛知県はデータを持っているかもしれない。
(たぶん持っているはず。でなきゃそんな整備おかしい。)
でも、そのデータはどのようにして取られたものだろうか?
誰が書いた報告書なのか?どの程度、信頼したらいいのか?


そう考えたとき、
必ず毎日
毎日欠かさず海へ出ている表浜ネットワークさんは際立つ。
その報告書には重みがある、と私は思う。
もっともっと何年も続けていけばなおさらだ。
利益も絡んでいないはず。(だと思う。この辺見抜く自信は、まだない。)
100%正しいんじゃないとしても(笑)表浜に関しては
いちばん信用のおける情報じゃないだろうか。














さて、その表浜ネットワークさんは、消波ブロックの危険性を訴え
存在意義を問いかけている。
1 砂浜の減少、喪失
2 生態系の崩壊
の二点。この原因に消波ブロックがあるのではないか。
ということだ。(仮定ね。)


今、日本の砂浜の面積が年々小さくなってきている。
このままでは消えちゃうかもしれない。
これは消波ブロックが、砂を運ぶ海の力を弱めてしまったからじゃないのか。


確かに消波ブロックは波を小さく弱くさせた。
しかしそのことで、弊害が生じている。
これが表浜ネットワークさんの意見だ。
http://www.omotehama.org/omotehamanw/contents/coast/index.html


消波ブロックの業者さんは、消波ブロックこそが砂浜の交代を食い止めていると言っている。
ウィキペディアの意見は、消波ブロック協会寄りのようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%88%E6%B3%A2%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF




生態系について。
Tさんは海と陸をつなぐ、あいまいな領域、砂浜のグラデーションについて説明してくれた。
背が低く砂浜最前線に這う弘法麦から、照葉樹林まで
植物はなめらかなグラデーションをつくる。
草木はその根で砂や土をしっかりと支える。
砂浜はゆるやかに傾斜し、波の勢いを弱める。
詳細はこちらの図で
http://www.omotehama.org/pdf/omotehamacoast.pdf


このグラデーションのなかに、構造物が挿入されている。
コンクリートの塊である消波ブロックは植物のグラデーションをぷっつり分ける。
はしょるけど結果、地形にも影響を与える。
もともとなめらかな斜面だった地面には、階段状になる。
大きな段ができる。
フラットな地面では勢いを殺されずに水はすすみ、
ブロックと地形の段差の部分で大きなインパクトを生む。
植物のグラデーションは崩れた。地面のグラデーションもだ。
するとそこに生きる昆虫や動物などにも影響を与える。
アカウミガメにも。


自然界で重要なのは、バランスとグラデーションだという。
数々の生物は相互に影響を及ぼし合いながら、非常に微妙なバランスを保っている。
その全体を考えて手を出すべきだ、というのだ。
その繋がりや流れを断ち切るような消波ブロックは撤去すべきだと。


一方消波ブロック協会は、「バランス」や「つながり」ではなく
それぞれの生物に注目している。
消波ブロックという人工物を自然界に挿入することで、海は豊かになると考えているようだ。
http://www.shouha.jp/


さて、どちらの意見が正しいのか。
その判断はとても難しい。












さて、
行政は、「過ちをおこした」とは、容易には認めない。(…傾向にあるといわれている。)
ちょっと想像してみればいい
巨額の税金を使っての公共事業。
「やってみました、失敗でした。間違ってました」なんてそう簡単に言えるわけが無い。
信用問題に関わる。


消波ブロックを積み上げる。
それが、県民の為だと信じての行為だった筈だ。
自分に置き換えて想像してみればいい。
自分が信じて、何かの役に立つとがんばってきたことが
マイナスに作用していたと。間違っていたと、言われたら。
「あ。ほんとだ。わたし、まちがってたわ。今まで頑張ってこと、ぜーんぶ間違い」
って、すぐに納得できるはずがない。
自分の信じてきたもの、が、崩れるのだ。


自分が母だと信じてきた人が実は男だった。信じて乙女な相談もしてきた。違った。
そりゃ大変だ。でしょ?まずは混乱する。
その上、自分がよかれと思って「お母さん」と呼んでいたことで
その母(父?)を苦しめていたとしたら…
うーーん。ショックだ。知らず知らずのうちに誰かを苦しめていた。


そう、「間違いを認める」って難しい。
だから「消波ブロック肯定派」「消波ブロック否定派」の二派があった場合
最初から「消波ブロック肯定派」の方が優位なのだ。
だって、もう、実際、消波ブロックは、そこに、ある。






今まで自分が信じ続けてきたものが間違いだと分かったとき


もしくは、間違いかもしれないという疑惑がわいたとき


過去の自分を否定できる強さを持って欲しい。


君に。これからの、若い子たちに。






正しいこと、と、間違ってることは、ひっくりかえることがある。


真実は絶対じゃないし、ひとつでもない。




もしそんな場面に出くわしたら


自分が信じ続けてきたことも、じぶんの努力も全て


否定できること。それが大切。




Tさんの言葉は重くまっすぐ落ちてくる。
























2006年春。
豊橋市は、一部の消波ブロックの撤去に踏み切った。
撤去にかかった費用、およそ600万円。
豊橋市民による行政への信頼は落ちたか?
いや、その逆。


消波ブロックはまだたくさん残っている。
表浜にも。日本じゅうの海岸にも。






否定しないこと。否定できること。
そんな柔らかさと、強さを兼ね備えた人になりたいと、思う。
というか、ならなきゃ、いかん。だろう。
「自然環境に手を加え、人工物をつくる人」になって、作る側にまわるんだから。




否定しないこと。否定できること。

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