20081008

ゴハン/旅の記憶.1

山形、青森、秋田、宮城、岩手、神奈川、愛知にもどって、とんで広島 
長い旅の間、一貫して毎日かかさず行ったことがひとつ。 

ごはんを食べること。 

あたりまえなんだけど、あらためて、ごはんと毎日は切り離せないものなんだなと 
ごはんは基本なんだなぁと、思わずにはいられません。 
とくに、おいしいものが大好きで、味への好奇心が旺盛な私ですから 
旅のごはん写真、ならびにきになるレシピはしっかり押さえてまいりました! 
そんなごはんの記録。 
ちょっと小腹がすいたときにでも、この日記を眺めて楽しんでくだされば幸いです。 

   
                 □□□ 


山形県 遊佐町 あつさん家でいただいた朝ご飯 


衝撃的においしい山菜のお味噌汁!
おいしいおいしいって感動してたら、二日後の朝にまたつくってくれました。
なぜ二日後なのか。
それは、一日じっくり時間をかけないと、この味はだせないからです。
実はこの山菜、春に山で採ってきたものを一夏塩漬けにしていたもの。


使う分だけ取り出して、一日かけてゆっくり自然に塩抜きをする。
その山菜のおいしいことったら!
山菜を、おいしいとおもって食べたことなんて、はじめてだ。
あつさん家 朝のお味噌汁。こちらはかぼちゃ。
山形では味噌汁にたっぷり具をいれるのね。
もりた家のかぼちゃの煮物に匹敵するサイズのかぼちゃがごろごろ。
朝からほこほこ幸せになれます。
味噌汁に大葉を合わせるっていうのも初体験。
なるほどなるほど、うんうん。しきりに感心しながらごはんを食べる。


こちらもあつさん家での朝ご飯
手前の気になる壺にはいっているのは、「醤油の実」
初めて目にするこの食べ物、ごはんに合う合う。
酒かすに醤油を合わせて寝かせておくとできるんだそう。
いつか、酒かすがたっぷり手にはいるときがあったら作り貯めしておきたい。


遊佐町の人が愛してやまない「だだちゃ豆」
ふつうの枝豆とは、もう全然違うんだって、
老いも若きもみんな、だだちゃ豆のことになると熱い熱い。


んで、こちらは、三泊?食のお礼に私がつくった夜ご飯。
愛知県らしく、手羽先と、味噌煮込みうどんと…。
あとは次々とおこるハプニング(?)に対応したり、
作ってる途中で近所のおばちゃんがとどけてくれた採りたて野菜や手作りどぶろくなど
追加食材を使って、それに合う付け合せも一緒につくっていったら、
どんどん品数がふえていってテーブルの上がエライことに。


でもおいしいおいしいって食べてもらえて、ほっと一安心。
味噌煮込みうどんって、遊佐の人には、すごくなじみやすい食べ物みたい。




                 □□□






青森県 白神山地にむかう電車の中でいただいたおにぎり


お昼ごはんのお弁当まで、あつさんにお世話になってしまった。
あつさんの、おいしいおいしい漬物。
酒粕に漬けたことによる自然な甘味が新鮮。
おにぎりの具は、特製の味噌を大葉で包んで揚げたもの。
おにぎり自体は、ワカメと雑魚、生姜の炊き込みご飯。これは私の手作り。
ひとのうちの台所になじんで、ずうずうしくもマイペースにご飯をつくる私…
あつさんが寛大な人でよかったわ。
あれこれお喋りしながら一緒に台所に立つのってすごく楽しいものです。






                 □□□






秋田県 上潟市 おしゃれ農家さんのおうち


料理は材料を集めるところから始まる。
みちるさんと一緒に近所をお散歩。
かわいいおばぁちゃんが手入れしている畑も訪ねる。
こんにちは。はじめまして。愛知県から来ました真子です。
ちょこっとお野菜、いただきます。どうもです。


ごはんにつかうバジルを取りがてら、バジルの手入れ。
伸びてしまった芽や、花を摘む。


集めてきた野菜でさささっと料理をする。
この家の台所には、おしゃれで使いやすいキッチンツールがたくさんある。
どれもお父さんの手作りなんだそうだ。さすがです。

出来上がったパスタ。味付けは塩のみ。
シンプルなのにすごくおいしい。やさしい味がする。
野菜の味が、うまい。そのうえ素材を生かす料理方法。うん、素敵。
こーせいさんの作る野菜で、みちるさんが料理する。いいなぁ。
そんな二人が羨ましくてたまらない。


夜ご飯。
フラワートルティーヤでチリコンカーンやアボガドのソース、
タラモサラダやたっぷりの野菜を巻いていただく。
私は作ったのことのない種類の料理にドキドキする。
メキシコ料理?かな。二日目は沖縄料理を作ってくれた。
どちらも馴染みがなかったけど、おーーーいしーーーー。


で、こちら


畑の野菜たっぷりの朝ごはん。
初めて見る、トマトにかかった緑のふかふかソース。
あたらしい味、あたらしい食感、これ何ですか?すごくおいしいです!
で、教えてもらいました。ここでは内緒にしときます(笑)
やっぱりこれ、食べて、びっくりしてもらいたいもの。種明しは食べた人にだけ。
今ではもりた家の食卓によく登場する定番メニューになりました。
うちの家族にも大好評です。


おいしいジェノベーゼのつくり方(配合?)を教わる。
なんども作り直しては手帳にメモして行き着いた味なんだそう。
私もよく、作ってはメモり、試行錯誤を繰り返す性質なのです。
みちるさんとお料理話をしていると、話が尽きない尽きない。
一日中ずっと喋ってしまいそう。
教えてもらったジェノベーゼは瓶詰めにしてお土産にいただきました。


この時点でのお土産。
日本酒の鳥海ふすま(山形県遊佐町)は秋田で美味しくいただきました。
自家製ピクルス(秋田県みちるさん作)は岩手県こーせいさんのお師匠さん(!)へのお土産にしました。
自家製ジェノベーゼ(秋田県みちるさん作)はもりた家におもちかえり。
水芭蕉の手ぬぐいはよしこさんから。(山形県遊佐町)旅には手ぬぐいでしょ!とのこと。
アクリルたわしは、あつさんのお母さんの手編み。(山形県遊佐町)使い勝手が良い。


朝からきちんと、お味噌汁をつくって、お弁当をつくる。
すてき。




畑仕事へ行くこーせいさんをお見送りして二人でティータイムです。
バナナとくるみのシフォンケーキ。おいしい珈琲。


おみやげにと本をいただきました。鈍行電車の旅には嬉しい差し入れ。
「森の生活」。ほんとにいただいちゃっていいんですか?
同じ本を二人とも持っていたから、家に二冊づつあるのよーーー
って聞いたら、なんだかなんとなく、ほこほこした気分になりまして
ありがたく、遠慮なく、電車旅のお供に連れて行くことにしました。
帰り際、お弁当までいただいちゃいました。
秋田県から宮城県へ。一日かけての移動日のお昼に電車の中でいただきました。
そうめんカボチャの和え物、ゴーヤーチャンプルー、カボチャの煮物、バジルきゅうり。
おいしいつやつやごはんに、大きな焼き鮭のおにぎり。
ほんとにおいしい。ありがとうございます。ご馳走様でした。






                 □□□




宮城県 女川町は漁港の町だ。
8月下旬、北海道沖を泳ぐ秋刀魚の水揚げが始まったばかり。
いよいよ秋刀魚の旬到来。このはじめの時期の秋刀魚はとくにあぶらのノリがよく旨い。
もと漁師だというおっちゃんが秋刀魚の目利きを教えてくれた。
秋刀魚は、こう、身がぴんとしててな、嘴が黄色くて、エラが真っ赤なのがいい。
新鮮な証拠


でも、おじさん、私こんな秋刀魚見たことがないよ、といったら
そりゃそうだとおじさんは笑った。
獲って一日か、せいぜい二日。
新鮮な秋刀魚は刺身でも食べられるのだとか。秋刀魚の刺身だなんて聞いたことがない。
おじさんが捌いてくれた秋刀魚の刺身を食べた。うっまっ


より鮮度が命なのは“ほや”と呼ばれるもの。
その日のうちに食べないと、全然味がわるくなるのだとおじさんは言う。
だから、女川港でとれた同じほやでも、松島や仙台に届くころには不味くなっている。
ほやは癖があるから、食べる人を選ぶというのはそういう理由だ。
女川で食べたほやは、食べやすかった。コリコリした食感がたのしい。
そしてなによりもびっくりしたのはウニ。
私がいままで経験してきた(というほど回数もないが)ウニはいったい何だったんだろう。
この日はじめて、あのウニのにおいはカルキで消毒されたあとの臭いだと知った。


  
                 □□□




ところかわって岩手県花巻市
以前北海道のランドスケープデザインの会社にオープンデスクしていたとき
お世話になった(三日間くらい顔をあわせただけだけど…)すてきなおじさん後藤さん。
北海道から岩手にもどってきていると聞き、急遽寄ってみることに。
突然の訪問にもかかわらず、炭火をおこして迎えてくれた。


後藤さんと炭火はきっても切り離せない。 (のだと、後に広島のひとに聞いた)
しとしと雨ふる庭を横目に、縁側で炭火をおこし、岩魚を焼く。
じくじくあぶらが炭に落ちる音を聞くまでゆっくり待つ。
待つ時間も、おいしい時間だと思う。


で、また、朝ごはんもいただいてきました。
ほんとうになにからなにまで。ありがとうございました。


  
                 □□□




ぐっと南下して神奈川県。江ノ島でたべたのは釜揚げしらす丼


しらす一匹一匹が大きくて食べ応えがあってびっくり。
でも憧れの生しらすは食べられなかったのが残念。いつの日かリベンジしたい。


  
                 □□□




豊橋にもどって。
久しぶりに再会した、かわいい鉄鍋に頬ずりして一緒に海に出かける。
豊橋産のトマトと渥美産のマダカを、秋田でもらったジェノバソースで蒸し焼きに。
秋田の豊橋のコラボレーション。贅沢だ。
視界いっぱいどこまでも続く砂浜で波の音をBGMに晩御飯。




  
                 □□□




そして広島。
広島の人は「広島焼き」というと怒る。「お好み焼き」と呼べという。
広島のお好み焼きが元祖で、大阪のが「関西風お好み焼き」なんだと主張する。
まぁ、そんなこと私にとってはどっちでもいい。おいしいければいい。
ところで、広島では「お好み焼きの正しい食べ方」があるらしい。
さぁ、三つのうち、正しい食べ方はどれでしょう?




さて、こちらは泊めていただいた橋本さんちでの朝ごはん。
お父さんが釣って煮付けたというメバルが半端なくおいしい。
弟子入りしたいくらいだ。
この魚に私が、冷蔵庫にのこっているもので、一品つけたすことになった。
初めての人の家での台所で、あるもので(わけぎと豆腐と薩摩揚げと小海老)
味の好みも知らないはほぼ初対面の人に料理を作る
なんてプレッシャーだろう。えーっとえーっと、万人する味で…
こんなにどきどき緊張してごはんをつくったことってないかもしれない。


その日の夜ご飯は建築家の林さん夫婦のもとで。
屋上で月を眺めながら手料理を肴に乾杯!
韓国風のぴりっと辛い肉じゃがは、ぜひまねっこしたい味。
トマトとバジルのソースで食べるチキン、
たっぷりの大根おろしと一緒に食べる揚げだし秋刀魚。
どれもこれも最高においしくて感動した。




  
                 □□□








旅をすると、新しい味や新しい食材と出会えるだけでなく、
新たな料理法も身について、帰宅後の食生活が豊かになるから素敵よね。


そのためには、お店で名物りょうりを頼むだけじゃなく、
地元にながく住んでいるおじちゃんやおばちゃんの家の台所でご飯を食べることをススメます。
迷惑きわまりない!?でも、料理好きの人だったら、かわりに一食つくることでお礼ができることも!
一緒に料理して自分の家の味やらテクニック(!?)を交換し合うのも楽しい。
相手によることなので、なによりも肝心なのは
ま、料理が好きで、人好きないい人を嗅ぎ分けて探し出すことでしょうか。


とにかく素敵においしい旅でした。
各地でおいしいものを食べさせてくれた皆様に感謝!


将来、私はどこに住むかわからないが、
うちのちかくに、ご旅行の際は、どこかの店でごはんを食べるのもいいけど
私のうちの台所にもお立ち寄りください。
おもてなしいたします。

20080819

満月が少し喰われた夜







昼、花子さんのおうちを訪ねた。 
陽射しがキツクて、コルゲートパイプの家を直視することができない。 
写真をとっても全貌が見えない。 
部分月蝕ならぬ部分家蝕。 
「はーーなーーーこさんっ。元気ですかぁ?」 
「ふふふふふ。元気元気。あがってあがって。」 
90歳目前、小さな身体の花子さん、暑さでへばってないかしらと心配したけれども 
いつもに増してにこにこ笑顔で楽しそうに喋るからちょっと安心。 
花子さんはまだまだ現役で畑仕事をしながら、自分でお茶も作っている。 
「今回はドクダミとハトムギでお茶を作ってみたんです、ふふふ 
どうかなぁ、若い人の口に合うかしら」 
苦味えぐ味少なく、さっぱりとした味わい。お見事! 
一粒の葡萄をギュウ皮で包んだ和菓子との組み合わせも最高。 
「これ、私からのお土産です」と私からは 
家の畑の茄子を二本、夏みかんを二個、庭に自生している白百合を二本。 

健二さんに手を合わせて、 
日経新聞に目を通すことを欠かさない花子さんと、女だけのお話。 
今日のメイントピックはエネルギーのこと。 
このごろの原油高のこと、原子力発電のこと、新しいエネルギーのこと。 
それから「地球温暖化問題」の「胡散臭さ」について。だ。 

               ・ 
               ・ 
               ・ 
「花子さん、最近どうも、『環境問題=地球温暖化』『環境保護=CO2減らすこと』っていうあまりにも単純な図式に陥りすぎな気がするんです。なにか不自然で恐いっていうか、気持ち悪いっていうか。情報が操作されているじゃないの感がなんとなくするんです。なんとなく。『不都合な真実』も読んだんですけどね。アレも地球が温暖化している、二酸化炭素を減らせの一辺倒なんですよ。どうかな。と。 
『不都合な真実は何か別の不都合な真実を隠す為に書かれた本だ』っていうジャーナリストさんもいるみたいで。でね。この『温暖化の煽り』の影には『原子力』があるという説があって…略…政治的な思惑と、お金のことなんですけど。なんか、すごくひっかかってて、どう思います?」 
「そう!もりたさんもそう感じるの!実は私もそう、最近気になっていたところ。今日本の海岸線に原子力発電所が何基あると思う?○基あるんです。○○発電所に○○…(花子さんの、こういう数字や名前がポンポンでてくるところには、ほんと感服する。)…そ…う、やっぱりねぇ、でも、まだ、原子力発電に依存するっていうのは恐いことだと思う。それに、情報操作、と言っていいのかどうかは分からないけれども、もりたさんの言うとおり『環境保護=CO2減らすこと=原子力発電』って単純な考えを皆が皆持つようになったら…恐いねぇ」 
               ・ 
               ・ 
               ・ 

こーいう話は女同士に限る。 
どんな大きな話をしていても、最終的に現実の生活に落とし込んで話ができるのがいい。 
女は男よりいくぶん、現実的な生き物だと思う。 
じゃぁ、そこから何ができるのか、私は何をするのか。 
女同士の話。 
なにより、自意識過剰かつ小心者な私は 
そんな話を普段人前でぺらぺら喋る女は可愛くないんじゃないかと、 
思ってしまうから女同士が気楽。 
どんなに時代が変わったといっても。 
環境問題の話や経済の話、ましてや政治の話なんて。 

「ううん。時代は変わってきているよ。女の子が伸び伸びとできる時代なんだから 
遠慮してないで思いっきり行きなさい。 
ただし、何も男と同じようにしなくてもいいと思う、 
女だから見えることもできることもあるはずでしょ 
女の、それから、もりたさんだから気がつくことも、言えることも、できることもあるでしょう 
いい時代だよ。羨ましいもの。頑張って」 

花子さんのおうちに行くと、最後にはいつも、思いっきり励ましてもらえる。 
元気になれる。 
がんばろーって前向きになれる。 
花子さんの笑顔はいつも、私の背中を押してくれるし 
花子さんの笑顔が私に、笑顔の大切さを思い出させてくれる。 

そんな花子さんの笑顔がこの日、少しだけ、すこぅしだけ、翳った。 

「オーストラリアに行ったら私、二年か三年くらい、帰ってこないかも。 
交通費工面できる自信がなくて(笑)ほら、燃料代、高くなってるし」 
って冗談まじりに言ったときだった。 
「三年後に私は居ないかもしれない…がんばって工面して何度か帰ってきなさいよ…」 
花子さんは真面目な顔をしていた。 
締め付けられるような気持ちになった。 
とりあえず、出発までまだ日にちがあるから、何度か訪ねることを約束して 
コルゲートパイプの家を出た。 

私は、「人との出会い」にすごく恵まれてきたように思う。 
おもしろくって素敵でほこほこした気持ちにさせられるような人たち。 
すてきなほこほこしたひとは、またすてきなほこほこした人に繋がっていく。 
私自身はまだまだとてもとても未熟だけれど、「周りにいる人」に関しては申し分なく二重丸。 
まんまる満月だ。 

でも、二年後三年後のことは、分からない。 
なんだかちょっと、正直、焦る。 
会っておきたい人には会って、きちんと話をして 
いやきちんと話をしなくても、にこにこほこほこ楽しい時間を共有してから 
出かけなくっちゃ。 

20080718

産卵







月がきれいな夜は  

ただ月がきれいだというそれだけで 
のどの奥の方をきゅうっと掴まれたように少し苦しく切なくなり 
胸がざわざわざわめいて落ち着かなくなる。 

I Love You.  
を「今夜の月は綺麗ですね」と訳した困った男(夏目漱石)のせいで 
月がきれいだね って人に言われるとドキドキしちゃうようになった困った私は 
この頃では、月がきれいに輝いているただそれだけで愛を囁かれてる気になり 
脳内には、月の光が I Love You. と変換されて私の身体に降り注ぐイメージがひろがり 
そんなこんなで、ただ一人で月を眺めるだけで以上にソワソワしている 
センチメンタル漱石病の末期患者。 



雷雨と予報されていたにも関わらず 
ひとつぶの雨もこぼれず 
月がゆらゆら輝いていた昨晩 
私は海に出ました。 
太平洋に面するロングなビーチ。 



21時。 
表浜。月明かりが明るいので懐中電灯は必要ない。海風を感じながら波打ち際を歩く。 



22時。 
海に向かってすっと真っ直ぐに伸びるタートルトラック(ウミガメの足跡)を発見する。 
ぞわっと鳥肌が立つ。 

そうか、こんなにか。こんなにきれいなのか。 
最近見たどんな絵画よりも、ダントツに美しいと思った。 
ごめん、モディリアーニ、ごめんオキーフ。 
ちょっとかなわいないよ。 

ぬらぬら輝く海面にむかってのびる足跡。 
一匹のアカウミガメが月の麓、海の懐へ帰っていったあと。 



23時。 
砂浜を歩くのはけっこう疲れる。 
ウミガメちゃんに会えないかな〜と思って歩き回っていたのだけど、疲れた。 
途中、カニの大群に出会った。名前を教えてもらったのに忘れてしまった。 



0時。 
耐え切れない眠気に襲われる。 
人肌と同じかいや少しひんやりとしているのか、なめらかな肌触りの砂に触れ 
繰り返される波音を聞き瞼を落す。 
じっとりと湿った空気なのに、風がきもちよくてそのまま少し、まどろむ。 



02時。 
もそもそ動く黒いかげに出会う。 
アカウミガメだ。 

息をひそめて近づく。 
驚かせないように、音を立てないように、姿勢を低くして、そっと。 


02時30分。 
アカウミガメはまだ砂浜に穴を掘っている。 
ぴっぴっっと器用に砂をはじく。 
一定のスピードで。 

どれほど時間がたったのかよく分からない。 
ドラマチックなことはおこらない。ただ、たんたんと、アカウミガメは穴を掘る。 
それにしても、なんてゆっくりとしているんだろう。 



アカウミガメの動きが変わった。 
上下にゆっくり身体が動いている。 
アカウミガメの息づかいが荒い。生臭い息。 

「産卵にはいったところだ」と隣にいたTさんが小さな声で囁いた。 

ウミガメの産卵シーンをテレビで見たことがある。 
テレビの画面上で、カメは涙を流しながら必死にがんばっていた。 
感動的で涙をさそう映像だった。 
でも実際は違った。いや、違わないのかも。…違って見えた。 
ウミガメが涙をながしているのか否か、私には分からなかった。見えなかった。 
「通常の、あのテレビの撮影では光を煌々とたく。カメには大きなストレスだ」 
とTさんは言った。 
光をたかずに、月明かりだけで、カメのシルエットと息遣いだけを感じた。身体を研ぎ澄まして。 



アカウミガメはまた手足を動かし始めた。 
ぴっぴっと砂をはじく。 
こんどはたまごに砂をかけて埋め戻しているのだ。 
たんたんと繰り返されるうごき、音、飛び散る砂。波の音。 

するっと素早くアカウミガメはからだの向きを変え、海を向いた。 
砂の丘をするりと滑り落ちるように進んだ。 
先ほどとは打って変わって素早い動きに戸惑いつつもその姿を目で追う。 
ペタペタパタパタ 砂浜にトラックを残しながら一直線に海へ向かう。 



そしてアカウミガメは解けるように夜の海へとかえっていった。 



空が白み始めていた。 

04時。 
アカウミガメを見送って時間を確認した。 
もうじき夜明けだ。 
砂浜をあるいて車に戻る頃には、朝焼けが見られた。 
「こんな朝焼け…きょうはこれから雨が降るね」とTさんは言った。 

04時30分。 
なんだかおなかがすいてきた。 
車に戻ったわたしは持参していたおにぎりをもちだしてもぐもぐ頬張った。 
ビーチにはサーファー達がぞくぞくと集まってきている。 
まだ夜は明けきってはいないというのに。 

05時。 
私はビーチにサヨナラを言う。 

月が新円に近づくと、すべての生き物がソワソワしだすのだそうだ。 
様々な生き物がつがい、新しいいのちが生まれるのだ。 
と、いうことは、私が月の綺麗な夜にドキドキするのは 
ロマンチスト漱石の夢見がち病にかかったから、というわけではなく 
単に、野生化した、とも言えるのかもしれない。 
そんなことを考えながら車に乗り込む。 

いや、もしかしたら、漱石はそういう意味で 
I Love You. を「月が綺麗ですね」と言ったのかもしれない。 
なんて、深読みしすぎだろうか、 
まぁ、兎にも角にも、 
海と空と砂浜と、隠れてしまった月に、砂の下の新しい命達に I Love You.だ。 

20080709

フリーペーパーの戦略とデザイン

「フリーペーパーの戦略とデザイン」というタイトルの本が 
PIEBOOKS(http://www.piebooks.com/)から出版されました。 

QUATRO〜東三河を面白くするフリーマガジン〜 
も紹介してもらえました。 

20080706

海辺の話/否定しないこと、否定できること02

焚火の数日前、ふと気になって電話をかけた。 

「ちょっと聞きたいことがあるんですけど、いいですか? 
あの。夜に表浜で焚火をするんですけど、その場合、どんな影響が考えられます? 
気をつけた方がいいことって何かあります?」 
Tさんは、電話口の向こうで 
「焚火!いいねぇ!」 
と少し笑った後、 
「深夜過ぎの不自然な音と光。 
…ロケット花火の音とか、波音を掻き消すような騒がしい音楽。 
車のライトを連続してつけるとか…」 
といい、こう付け加えた。 
「海辺に集まっちゃいけないとか、遊んじゃいけないとか 
そういうことを言うつもりはないし、ひとの楽しみを奪う権限なんてないからね。 
ただ、そうだねぇ、表浜全体が煌々と明るくなって騒がしくて 
それが一晩中朝まで、しかも毎晩続くっていうんなら止めに入るね。」 
と。 


                     


Tさん達は毎朝、表浜を見て回っている。 
表浜には毎年アカウミガメが上陸している。 
今は海亀の産卵シーズンだ。 
深夜過ぎから明け方浜に上陸した母亀は慎重になる。 
光や音を警戒する。 
どこもかしこも明るくて騒々しかったら上陸できない。 

「でもさ。アレしちゃいけないコレしちゃいけないって糾弾するのは 
どうもスマートなやり方じゃないよね。 
ここは保護するから立ち入るな!って 
完全に人と海を隔てることが良い方法だとは思えない。長い目で考えるととくに。 
関わり合いのなかで、どうバランスをとっていくかだと思う。 

…で、守田さんさ、もし雑誌で特集できるんなら 
禁止事項を前面に押し出して否定的に伝えるんじゃなくって、 
海辺での愉しみ方、とか海辺と関わる生活スタイルを魅せるのってどう? 
ま。バカ騒ぎするんじゃなくってさ。 
街でしているような、クラブで踊ってカラオケで歌って 
大音量で朝まで騒ぎ倒して楽しむってのを海辺に持ち込もうとしないで。 
そういうのは夜も前半で切り上げて。 
深夜過ぎたら明かりを小さくしてさ。 
音楽も小さくしてさ。 
月影や星影をたのしんで、波音に耳を傾けて… 
海辺では、そういう愉しみ方をね。 
学生とか若い人にも覚えて欲しいんだよね。 
こうまったりゆったりと時間を過ごすこと。 
この魅力でもって、変えて生きたいよね」 


                     


せっかくの素敵な提案だけど、 
どうも雑誌では当面のところ特集を組めそうに無いことを伝え、詫びつつ 
でも、私のライフワークにしたいことだから、というと 
「はっはっはっ」と笑いながら根気よく話しに付き合ってくださった。忙しい方だからと、出来るだけ短くするよう心がけながら 
その後もアレコレ聞いて意見を乞う。 

Tさん達は本当に毎日毎日、海へでているのだ。 
現場を見て感じている。 
その地道な積み重ねからうまれる言葉に私は多くの信頼を寄せている。 
100%ではないにしても 
(「99.9%は仮説」という本を読んで以来、どうも「100%正しいとは言い切れない」と考えずにはいられなくなった) 
それでも、研究室のなかからほとんど出てこない研究者や 
たまの視察だけで後は、報告書の数字を追っている人の言葉よりも 
信頼できると思う。 
なぜならそれが、 
細部ではなく全体を、頭だけではなく身体全体で、見て感じて考えてうまれた 
実感を伴う仮説だからだ。 

私がTさんにあれこれ相談しよう、聞いてみようと思う理由は 
彼が地道で真面目なリサーチャーだから、というだけではない。 
これだけ真摯に問題に向き合うTさんという人そのものにも、 
すっかり惚れ込んでしまったからだ。 
初めてお会いした日、 
Tさんはとても興味深い話をしてくれた。それは小さな講演会だった。 
砂浜という環境について、アカウミガメの生態について 
環境保護活動の現状について、表浜の実態について 
ナチュラルなグラデーションをつくる浜と、構造物、人工物について。 
特にこの「グラデーション」と「自然と人工物のバランス」について 
ほんとに想いをめぐらせていたことだから 
興味をひかれないハズはなかった。 
すっかり夢中になってふむふむと聞いていたのだけど 
話を聞きながら同時に、なんとなく人としての器の大きさをかんじて。 
この人なら私の抱えてるモヤモヤをぶつけても受け止めてくれそうだと 
思い切って、いままで抱えてた疑問をあれこれ聞いてみた。 
そしたら、全ての質問に、真面目に丁寧に応えてくれまして。 
以来、100%正しいと信用するつもりはないけれど…なんて生意気言いつつ 
「あなたはどう思いますか?」を聞いてみるのが、とても面白いのだ。 


                     



「あ。そうそう。で。焚火をするんですけど… 
深夜過ぎ〜明け方は騒ぎすぎないこと、 
花火や、大音量の音楽とか不自然な音は控えて 
まったりゆったりたのしめば…?」 
「うん。そうそう。まったりゆったり。海の音と風の音に耳を澄ませて」 
「はい。たぶん。だいじょうぶだと思います。きっと。」 
「いや、別に、一晩ぐらいいいと思うけどね。 
ただ、その行動がどんな影響を与えるのかも知った上で行動して欲しい。」 
「はい。…ところで、音も光も控えめにまったりしてたら、 
もしかしてアカウミガメに会えるかもしれないですか?」 
「かもね。まぁ、楽しんでおいでよ。…でも、雨降りそうだね。」 

  



       否定をするんじゃなくて、押し付けるんじゃなくって 

       より魅力的な提案をすることで、しぜんに人を動かせないか。 


       Tさんの提言はクリエイティブだと思った。 

       否定と批判だけじゃ何も生まれない。 

20080705

海辺の話/否定しないこと、否定できること01

Tさんという人物を知ったキッカケは一枚の写真だった。 







砂の上に描かれたタートルトラック。
産卵の為上陸した、アカウミガメの足跡。


この写真を見て、しばし放心した後、ラブコール。


なんて強い写真なんだろう。
いい写真。
フィルムがどうとか、空気感が、とか、ピンをどこに合わせてどこぼかすとか
レンズがどうとか、こうとか、そういうのじゃなくて。
ただ強い。


砂浜の上の足跡は風に流されてすぐに消えてしまう。
毎朝毎朝欠かさずに海に出ている人だからこそ撮れる写真。
そして強いメッセージをもった人だからこそ。
この写真を撮ったのはカメラを生業としているカメラマンではなく
表浜、砂浜の魅力の虜になってしまった海の男。
それがTさんだ。




(*写真は表浜ネットワークさんのもの。に、ちょこっとだけ手を加えました。 )














さて。写真について少し説明をしたいとおもう。


愛知県の太平洋岸、表浜の砂浜沿いに並んでいる
「消波ブロック」「波消しブロック」あるいは「テトラポッド」。
(テトラポッド (tetrapod)」は本来4本足のもののことだけど。
商標登録されてる「テトラポッド」という言葉の方が消波ブロックよりも聞き覚えがあるのでは?)
この消波ブロックが、産卵したいアカウミガメの行く手を阻んでいる。
進んではブロックにぶつかり向きを変え、また挑戦しては…
この母ガメは産卵することなく海へもどった。
子ガメが孵化する時期になると、
この消波ブロックに阻まれて海にたどり着けずに息絶えた 
たくさんの死骸をみつけることができるという。














ところで、太平洋を回遊するアカウミガメの産卵地が
日本の砂浜だけだと知っていますか?
日本の砂浜で孵化した赤ちゃんカメは太平洋に泳ぎ出て
まずは黒潮にのって日本沿岸部を北上し
太平洋を渡ってアメリカ西海岸へ。その後南下。
ぐるっと太平洋を一一周する。
大きく育ったアカウミガメは自分の産まれた日本の海岸へ戻ってきて
砂浜に上陸し、産卵をする。
もし、日本の海岸の環境がアカウミガメの産卵を拒んだら
地球上のアカウミガメが命を繋ぐことはほぼ不可能になる。
ある種の生き物が完全に地球上からいなくなるかもしれない。
日本の海岸の責任は重大だ。
それを踏まえた上で、日本の沿岸部を眺める。
私はどうにも疑問を持たずにはいられない。
果たしてその消波ブロックは本当に私達にとって必要なものなんだろうか?


日本では海岸を大開発していた時期があるようだ。バブリーな時代。
あちこちの海岸が美しく整備された。商業施設、遊園地、ホテル、オフィスビル…
大学の建築学科では
「卒業設計のテーマーに“ウォーターフロント”を選んでおけばまず間違いない」
と言われていた時代。
その時代に計画されて、最近できあがった施設もいくつか思い浮かぶ。
時代においてけぼりにされて、採算があわなくて悲鳴をあげているあのエリア、あのテーマパーク…
キラキラ輝く灯りは、観覧車は、道は、巨大な娯楽施設は
ひとつの種類の生き物を根絶やしにしてまでも
するべき必要な開発なのだろうかか?




何もアカウミガメが特別かわいいから言っているのではない。
アカウミガメは、分かりやすく説明するためのひとつのアイコン過ぎない。
















今、消波ブロックの存在意義が揺らいでいる。


そもそも、消波ブロックは自然の驚異へ備えるためにつくられた。
防災効果を期待されてのことだ。
伊勢湾台風の記憶ののこる人も多いこのエリア
台風等自による水の災害への恐怖に慄きながら暮らしたくは無い。
では、私達が安心して暮らすためには
消波ブロックは必要不可欠なのか?




不思議な景色がある。
愛知県と静岡県の県境の海岸だ。(しまった!この写真も貰っとけばよかった)
消波ブロックは愛知県側にのみ存在する。ブロックの列は県境でぷっつりと途切れているのだ。


表浜海岸は、西は伊良湖岬から東は浜名湖今切口までの海岸までつづく
一続きの白い砂浜なのに…
http://www.omotehama.org/omotehamanw/contents/omotehamakaigan/index.html
西は危険だから消波ブロックが置いてある?東は安全だから置いてない?
砂浜は、海底は、この県境でぷっつり分かれ別の性質を持っているの?
ザラリとした違和感を感じる。


そんな景色になった一番の理由は、海岸整備の管轄が違うから。
日本は国中の海岸を一斉に消波ブロックで埋め尽くそうとした時期があった。
愛知県はその方針に乗り、静岡県は(表浜周辺では)乗らなかった。
考え方の違いかもしれない、経済的な事情かもしれない、何か黒い事情があるかもしれない
消波ブロックに守られた愛知県民は幸せで、
危険に晒されている静岡県民(表浜周辺の)は不運なのだと言い切ることができるのか?
消波ブロックは絶対に必要なのか?


水害や水難事故の減少にどの程度役立ったのだろうか?
調べれば、愛知県はデータを持っているかもしれない。
(たぶん持っているはず。でなきゃそんな整備おかしい。)
でも、そのデータはどのようにして取られたものだろうか?
誰が書いた報告書なのか?どの程度、信頼したらいいのか?


そう考えたとき、
必ず毎日
毎日欠かさず海へ出ている表浜ネットワークさんは際立つ。
その報告書には重みがある、と私は思う。
もっともっと何年も続けていけばなおさらだ。
利益も絡んでいないはず。(だと思う。この辺見抜く自信は、まだない。)
100%正しいんじゃないとしても(笑)表浜に関しては
いちばん信用のおける情報じゃないだろうか。














さて、その表浜ネットワークさんは、消波ブロックの危険性を訴え
存在意義を問いかけている。
1 砂浜の減少、喪失
2 生態系の崩壊
の二点。この原因に消波ブロックがあるのではないか。
ということだ。(仮定ね。)


今、日本の砂浜の面積が年々小さくなってきている。
このままでは消えちゃうかもしれない。
これは消波ブロックが、砂を運ぶ海の力を弱めてしまったからじゃないのか。


確かに消波ブロックは波を小さく弱くさせた。
しかしそのことで、弊害が生じている。
これが表浜ネットワークさんの意見だ。
http://www.omotehama.org/omotehamanw/contents/coast/index.html


消波ブロックの業者さんは、消波ブロックこそが砂浜の交代を食い止めていると言っている。
ウィキペディアの意見は、消波ブロック協会寄りのようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%88%E6%B3%A2%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF




生態系について。
Tさんは海と陸をつなぐ、あいまいな領域、砂浜のグラデーションについて説明してくれた。
背が低く砂浜最前線に這う弘法麦から、照葉樹林まで
植物はなめらかなグラデーションをつくる。
草木はその根で砂や土をしっかりと支える。
砂浜はゆるやかに傾斜し、波の勢いを弱める。
詳細はこちらの図で
http://www.omotehama.org/pdf/omotehamacoast.pdf


このグラデーションのなかに、構造物が挿入されている。
コンクリートの塊である消波ブロックは植物のグラデーションをぷっつり分ける。
はしょるけど結果、地形にも影響を与える。
もともとなめらかな斜面だった地面には、階段状になる。
大きな段ができる。
フラットな地面では勢いを殺されずに水はすすみ、
ブロックと地形の段差の部分で大きなインパクトを生む。
植物のグラデーションは崩れた。地面のグラデーションもだ。
するとそこに生きる昆虫や動物などにも影響を与える。
アカウミガメにも。


自然界で重要なのは、バランスとグラデーションだという。
数々の生物は相互に影響を及ぼし合いながら、非常に微妙なバランスを保っている。
その全体を考えて手を出すべきだ、というのだ。
その繋がりや流れを断ち切るような消波ブロックは撤去すべきだと。


一方消波ブロック協会は、「バランス」や「つながり」ではなく
それぞれの生物に注目している。
消波ブロックという人工物を自然界に挿入することで、海は豊かになると考えているようだ。
http://www.shouha.jp/


さて、どちらの意見が正しいのか。
その判断はとても難しい。












さて、
行政は、「過ちをおこした」とは、容易には認めない。(…傾向にあるといわれている。)
ちょっと想像してみればいい
巨額の税金を使っての公共事業。
「やってみました、失敗でした。間違ってました」なんてそう簡単に言えるわけが無い。
信用問題に関わる。


消波ブロックを積み上げる。
それが、県民の為だと信じての行為だった筈だ。
自分に置き換えて想像してみればいい。
自分が信じて、何かの役に立つとがんばってきたことが
マイナスに作用していたと。間違っていたと、言われたら。
「あ。ほんとだ。わたし、まちがってたわ。今まで頑張ってこと、ぜーんぶ間違い」
って、すぐに納得できるはずがない。
自分の信じてきたもの、が、崩れるのだ。


自分が母だと信じてきた人が実は男だった。信じて乙女な相談もしてきた。違った。
そりゃ大変だ。でしょ?まずは混乱する。
その上、自分がよかれと思って「お母さん」と呼んでいたことで
その母(父?)を苦しめていたとしたら…
うーーん。ショックだ。知らず知らずのうちに誰かを苦しめていた。


そう、「間違いを認める」って難しい。
だから「消波ブロック肯定派」「消波ブロック否定派」の二派があった場合
最初から「消波ブロック肯定派」の方が優位なのだ。
だって、もう、実際、消波ブロックは、そこに、ある。






今まで自分が信じ続けてきたものが間違いだと分かったとき


もしくは、間違いかもしれないという疑惑がわいたとき


過去の自分を否定できる強さを持って欲しい。


君に。これからの、若い子たちに。






正しいこと、と、間違ってることは、ひっくりかえることがある。


真実は絶対じゃないし、ひとつでもない。




もしそんな場面に出くわしたら


自分が信じ続けてきたことも、じぶんの努力も全て


否定できること。それが大切。




Tさんの言葉は重くまっすぐ落ちてくる。
























2006年春。
豊橋市は、一部の消波ブロックの撤去に踏み切った。
撤去にかかった費用、およそ600万円。
豊橋市民による行政への信頼は落ちたか?
いや、その逆。


消波ブロックはまだたくさん残っている。
表浜にも。日本じゅうの海岸にも。






否定しないこと。否定できること。
そんな柔らかさと、強さを兼ね備えた人になりたいと、思う。
というか、ならなきゃ、いかん。だろう。
「自然環境に手を加え、人工物をつくる人」になって、作る側にまわるんだから。




否定しないこと。否定できること。

20080626

お百姓さん/土の話

「大忙しの田植えが終わって、次から次へと生えてくる草と毎日戦っていました 
ようやく一息つけたところです。 
バタバタとしていて連絡できなかったけど…元気ですか?」 
と、連絡をくれたのは、循環農法に精力的に取り組むHさん。  


              クローバー 


農家さんをまわっている。 
若くて、真剣に農にとりくむ人達。 
彼らは自分達のことを「百姓」と呼び、そう呼ばせたがる。お百姓さん。 
日に焼けた首の裏、がっしりした腕、汗ばんだ肌、爪の間にはいりこんだ土。 
「パソコンの前に一日中座っとるなんていかんに。危険危険。 
外に出て、体を動かして、汗をかかにゃぁ」 
にやっと笑う歯が白い。 

お百姓さんたちから、野菜を買い、卵を買う。 
自然が与え、お百姓さんが紡いだ「いのち」を頂く。 
うまい。うまいなぁ、と思う。 
この野菜が、自分のいのちになる。体になる。命の交歓。体中をめぐる。 
ご飯を食べながら、そんなことを考えると、妙なものは食べられないな と思う。 
今食べているものが、未来の身体をつくる。 
女の身体は自分ひとりのモノじゃない。 
いつか新しい命を宿すための借り物だと思うと、 
自分の身体に無責任なことはできなくなる。 
魚類から人間へ、10億年の進化をたどる母体の中での10ヶ月 
汚れた海で育てたくはない。 
「もぉ、おねぇちゃんは、いちいちオオゲサなんだから」と妹に笑われながら 
それでも大真面目な私は、本屋さんの「食」「生物」のコーナーが最近お気に入りだ。 
(お気に入りコーナーは、コロコロ変わる・笑 
こないだは精神分析学コーナーにどっぷりだった) 

さてさて。話がずれてしまったので、ちょこっと軌道修正。 
そう、今食べている野菜が、自分の身体をつくる。 
その野菜は、土からうまれる。大地。 
つまり、いろいろぶっとばして解釈すると 
自分の身体は大地から出来ていると言えなくもない。 
「身土不二」 
という言葉がある。 
身体と土は、気って切り離すことのできない=二つに分けることのできないものだという。 
(様々な解釈がされており、土を環境とする場合も、土地柄とする場合もある。 
最近流行のマクロビの本なんかでよく目にするが、 
マクロビ人間がこの言葉を使うとき、なぜだか違和感を感じている) 

まぁまぁ、難しいことはさておき 
裸足で、土の上に立って、 
庭の畑で育つ野菜を眺め、もいで、かじってみると実感する。 
「土ー野菜ー飯ーウマーーーーイ」 

六月。もりた家の畑では茄子が実をつけはじめた。 
きゅうり、トマトももうじきだ。 
もりた家には大きな梅の木があり、こちら今年もたっぷりとれた。 
半分は梅干に、半分は梅酒に仕込む。 
今年あけたうちの梅酒は14年ものだ。 
14年前10歳の私が、母を手伝い一緒に漬けた梅酒を今 
24歳になった娘が母と飲む。 
小学生のころの私が書いたラベルの文字、 
慎重な筆運びの「梅酒」に母がいたく感動していた。 

ちょっとあなた太りすぎじゃないのって感じの私の身体 
血圧やら何やらいろいろ調べてみるとびっくり超健康体。 
(あとはお酒さえ気をつければ……) 
「悪いものは食べさせてないよ」と自信を持って母が言う。 
「でも、もちょっと痩せなさいよ」と母は言う。 
痩せる痩せないは今回は置いといて 
私の身体をつくってきた食物の多くがこの土地から生まれたものだ。 
外食のこと、名古屋で暮らしてきた期間を除いて考えなければならないが、 
家でたべる米は全て、この田んぼでとれた米。 
文字通り「身土不二」 


              クローバー 


さて農家さんをめぐっている。お百姓さんをめぐっている。 
畑に行く。土を見る。泥を触る。虫を見る。蛙と目を合わせる。 
いろんな畑がある。いろんな農家さんがいる。いろんな土がある。 

豊橋、田原、渥美、このあたりは酸化鉄を多く含んだ赤土。 
海のほうへ行けばますます赤みが強くなる。 
砂性の土は水はけが良く、果菜類がよく育つのだと教えてくれた。 
水はけが良すぎて、以前は不毛の土地だったのが、豊川用水ができてから 
豊かな農業地域に変貌をとげた。 
山の方、新城、鳳来へ行くと、土は黒くしっとりとしてくる。 
黒土は養分たっぷり。 
粘土質の土は水もち、肥料もちが良いそうだ。 

赤土か黒土か。 
砂か粘土か。 
それぞれ長所短所があり、 
それぞれよく育つ作物と育ちにくい作物があるそうだ。 
海よりと山より、土の色が違い、そだつ野菜がちがうから 
畑の景色は一目見てずいぶん違う。 
おもしろいなーーーとわくわくしながら景色を眺める。 


              クローバー 


いろんな畑がある。 

雑草が一本も生えてないような(まぁ一本もってことはないけど)畑もある。 
虫が見えない、鳥がいない。 
膨らんでいっせいに色づく野菜を見ると、なんだか薄気味悪い。 
収穫時期を揃える為に、ホルモン剤を撒いて成長をコントロールするのだと聞いた。 
違法ではない。「人体に害は無い」と現在の研究上、法律上は安全な野菜だ。 
でも。 
自分の家で、その野菜を食べない農家さんがいる…。 
自分の家庭で食べる野菜は、別につくっていたりする…。 

一方で、まったく極端に草ぼうぼうの畑もある。 
最近徐々にはやってきている「自然農」というやつだ。 
不耕起、無農薬、無肥料。 
畑なんだか荒地なんだか、一見分からない。 
一つの種類の野菜だけを大量につくるから大量に虫が発生したり 
ひとつの病気が流行るのだと彼らはいう。 
少しずつ、いろんな植物を隣り合わせに育てる。草も一緒だ。 
草にまぎれて、ひょろひょろっとのびる野菜。 
「小さな実にはぎゅっと甘みと栄養がつまっているんだよ」 
なるほど。頭では分かったような気になるが、なんとなく腑に落ちない。 
なぜ私は疑問を持っているのだろう? 
自然農の畑では、美味しくて、安全で、栄養価の高い野菜がとれる。 
ごく少量。 
彼ら自身が自給できる分と、少しの現金収入を得られる分だけの野菜量。 

有機農法という方法をとるお百姓さんがいる。 
こちらは、自然農とは少し違い、耕すし、肥料もつかう。 
ただし化学肥料を一切使わず、草葉や糞、時には魚のアラなどでつくった肥料 
をつかうように心がけている。 
1cmの土をつくるのに10年の歳月がかかるのだという。 
10cmなら100年だ。気の遠くなる話。 
土への挑戦ははじまったばかり。 
丁寧に土をつくりはじめて数年。 
農薬は一切使わない。今まで土が含んでしまっていた農薬を浄化させるにも 
時間がかかる。 
過去に畑の隣にゴルフ場の計画が持ち上がったことがある。 
ゴルフ場の芝生を管理するために、大量の薬が撒かれるだろう。 
何年もかけて、育て上げた土は、一瞬にして死んでしまう。 
彼は猛反対した。今ほど理解のない当時、彼は必死に訴え署名を集めた。 
一農家の提言がキッカケでゴルフ場の計画は頓挫した。 


              クローバー 


子供を四人育てている、お茶農家さんがいる。 
農薬を極力減らして、真面目に安全でおいしいお茶づくりに励んでいる。 
何軒かのお茶農家が協力して、それぞれの畑をじゅんにめぐりながら作業する 
その協会からは離れた。協会のきまりよりももっと少ない農薬で、その代わり手間をかける。 
何人かのグループでお茶を摘むとなりの畑を横目に 
夫婦二人だけで作業をする。重労働。 
「儲かりはしないのよ。全然。ほんと贅沢はできないのよ。 
でもこの人がねぇ。どうしてもって、こだわるもんだから」 
と、奥さんは、旦那さんに目をやる。口をへの字に結んだだんなさん。 
「でもねぇ。子供達は『おかぁさん達の何が楽しいかわからん。 
わざわざそんな大変なこと』って。言うじゃんねぇ。分からんって。」 

無農薬にできることならしたいけれど、実際は難しい。 
完全無農薬を目指した一区画では、あやうく全滅しかけた。 
「ねぇ、このまま全滅したら、うちはやっていけないよ。食べていけないよ。 
一度だけ、一度だけでいいから少しだけ薬を撒こう」 
奥さんの必死の訴えで、だんなさんは折れて一度だけ薬を撒いた。 
薬への免疫がなかったせいか、たった一度の散布でおどろくほど効果が出た。 
ほんとにぎりぎりの最低限の農薬の使用で、その畑は持ちこたえた。 
だが、採算は合っていない。 


              クローバー 


おいしくて安全な野菜をつくる。 
理想に燃える若いお百姓さんたちが週に一度集まって、市をひらく。 
出勤前に寄れるようにと、朝はやくから市をたてる。 
おいしくて安全な野菜を求める、食の安全への関心の高い消費者が集まる。 
意外と、若いお母さん方が多い。 
小さな子供を抱いた人や、妊娠中の人。 
これだけ食の安全への信頼がゆらいでいる世の中、 
小さな子供に何を食べさせたらいいのか、必死なのだ。 
それだけ関心が高まっているのだな、と思う。 
市には飲食店を営む料理人達の姿も見かける。 
かれらは気に入った農家さん、畑、野菜をみつけると、 
直接仕入れる契約をするときもある。 

「マクロビオティック」「玄米食」「自然食」「ベジタリアン料理」 
などに傾倒している女の人も増えているようだ。 
否定する気はさらさらないが、意固地に掟を守り抜く戦士達はちょっと苦手だ。 
白米だっていいもんだよ。動物性たんぱく質、食べたいときあるじゃん。 
甘い砂糖のお菓子だって食べたいときあるさぁ。おいしいもん。と思う。 
でも、ま。ひとそれぞれ。信じるものがあるのだ。 
つべこべ言うつもりはない。 

厳格なる菜食主義者にして玄米崇拝者、農薬をこの世の悪と憎む若い女性が 
市をちょろちょろしている私に、あるお百姓さんをプレゼンテーションしてくれた。 
「ほんとにこの方は素晴らしい農家さんなの!儲けを全く考えずに私たちの為に頑張ってくれてる! 
奇特な方なの!もう、この人意外のお茶は飲めないわ! 
やっぱりこれからは無農薬よ無農薬!絶対無農薬!無農薬万歳だわ!」 
生産者のお百姓さんは、ちょっと困った顔をして、小さな声で言った。 
「完全無農薬というわけではないんですよ。でも、極力抑えてはいます。 
大儲けしようとは思ってないけど、大赤字を積み重ねていくわけにも。ね。」 
先ほどの段で説明したお茶農家さんだ。 
慎ましく暮らし、四人の子供を育てている。 
たった一度の農薬散布。他の畑で使う農薬の比ではないけれど… 
そう説明された熱心なマクロビニストの彼女はきょとんとした。 
そして、こう言い切った。 
「農薬はぜったいダメ!農薬を使ったお茶なんて、 
農薬を溶かして飲んでいるようなもんでしょっ!!」 

彼女の目的は「安全な食べ物」なのか「無農薬」という分かりやすいブランド名なのか。 
目的がズレてしまっていないだろうか。 
そう問いかけてみたかったけど、やめた。今の彼女の耳にはたぶん届かない。 

使い込んだシャツにエプロン、泥のついたズボン 
お茶を摘み、運び、子供の体操服をつくろった、小さいけれど、厚い手、 
節ばって、茶色く日焼けした手の爪はきれいに切りそろえられている。 
お百姓のおばさんは、かわいい笑顔を消して、申し訳なさそうに俯いた。 
「絶対無農薬」を語る若い女性の、白く柔らかそうな手には 
キラキラと高価そうな指輪が光っていた。 


              クローバー 


農業のことを考えるのは、難しい。 
単純に、安全でおいしい野菜をお百姓さんが作るには難しい風に 
社会がなっちゃってるみたいだ。 
むむむむ 
と難しい顔をしながら、私には途方も無い問題だわーとぺたんと座りこみ 
土をいじる。 
つちつちつちつち。いのちを生み出す土。 

私はただ、シンプルに、単純に、安全でおいしい野菜を食べていたい。 

いろんなお百姓さんの話を聞くたびに、頭がこんがらがってくる。 
なんてこったい。困ったな。東三河の野菜をどうまとめよう。 
もんもんとしながら、足を動かす。人に会う。 


              クローバー 


Hさん。日記の冒頭で紹介したHさんは、農業に 
信念を持って真面目に取り組む、熱い熱いお百姓さん。 
循環農法という農法を選択している。 
彼は静かに優しく、私に、土の話をしてくれた。 

「土って、すごいんだよ。 
人がわざわざ手を加えなくても、ちゃんとうまいこと回っていくんだよ。 
土は次に何をしたらいいのか自分で分かっているんだ。 
度重なる農薬散布で土が死んだ後、もしくは、大工事で掘り返された後 
土は自然に、自分の力で、命豊かな土にもどしていくんだよ。」 

「どういうことですか?」 

「荒れた土地をほうっておくと草が生えるでしょう。草はなぜ生えるのか。 
草は、その土に不足しているミネラルを作るんだよ。 
カルシウムの足りない所には細い小さな竹が生える。 
そのまま自然に倒れると 
…農地として使うために早く土を作りたいから私達は切り倒すんだけど… 
切り倒すと、ススキが生える。 
そのススキを毎年刈り倒して置くと小さくなり、無くなる。 
そのあとに生えるのはスギナ。 
スギナはケイ酸カルシウムをつくる。 
そして、ナズナ 
カラスノエンドウ、 
オオバコなどの薬草が出てくる。 
イネ科の植物が生えているところは、カルシウム欠乏。 
スギナやナズナは土づくりの主役で、スギナがでてくるのを見つけると 
『土が元気になってきたぞ』ってうれしくなる。 
もし、雑草も生えないような痩せた土地で野菜を育てようと思ったら 
少なくとも一年は、ぼうぼうに雑草をはやせば良い。 
生やしては、刈り込んで、すきこんでを繰り返せば、 
何の肥料を与えなくとも、土は元気になるんだよ。」 

土って、草ってすごい。  

Hさんの話を聞いて素直にそう思った。 
科学的に正しいかどうか、私には断言できるほどの頭も知識も足りないけど 
この話には、素直に素直にうなずける。なぜだろう。 
100%正しいとは思わないにしても、 

すごいよ、土、やるじゃん! 

雑草がぎっしり生えた土地はただの荒地じゃなかった。 
土の治療中だったのかぁ。 
生えてる草を見れば、土の状態がわかるんだ…そう思ってまわりを見回すと 
いままで同じに見えていたただの空き地や荒地がそれぞれ違って見えてきた。 
末期の土。初期段階の土。健康な土。 

高校生のころ、林正道さんという海の男が私に語ってくれた 
あの、海が自分で浄化していく過程ととても似通っている。 
自然ってすごいなぁ、と思う。 
かなわないや。 


              クローバー 


土ってすごいなぁ って感動したところで 
三河の野菜についてを記事にまとめて、このエリアの人に届けよーって 
夢中になってたのに…できなくなった。 
できなくなっちゃったよ。 

っちぇーーーーーーーーーー。 

このテーマも私の切り口も、重すぎるようだ。…否定できないけどさ。 
このエリアのフリーマガジン読者が欲しがっているのは 
安くて大盛りのお店の情報、野菜だったら、野菜が安く沢山買える場所だけなんだよ 
って、そーゆこと?それは肯定しかねる。 

が、まぁ、とにかく、ちぇーーーーーーーーっだ。 
しょんぼりだよ。まったく。さぁ。 
あーーーぁーーーーー。がっかり。 
しょぼくれた顔をしながら、野菜を手に取る。 
いんげんでも買ってかえって茹でてたべようか。 






金曜日の有機朝市で野菜をだしている、 
陽気なジャズメン(自称)のお百姓さんが 
鼻歌まじりにふふ〜んとにこにこ近づいてきて 
底抜けに明るい声で声をかけてきた。 
「おっ!編集者さん元気ィ?だめだよォ。そんな顔してちゃ。 
部屋に閉じこもって仕事しすぎなんじゃないのォ〜?? 
やっぱ外に出て、風にあたって、身体動かさなきゃネッ♪ 
よぉ〜〜〜し、じゃあ、温泉イコウか!温泉! 
いい温泉知っとるんだ〜。山奥の秘湯!天然露天風呂! 
一緒にはいろうか〜〜〜〜」 
「何言ってるんですか。一緒になんて入りませんよ!行きません!」 
って、むぅっとして言いながらも 
かかかかか と笑うその声で元気になっている自分に気がつく。 


「百姓っていうのはさ。百人の女を生き生きさせることができる男のことなんだ」 

だってさ。 
かなわないね・笑