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20230501

「長く長く」魔女さんからの手紙!?


 

「日常をこつこつ描かれると、それはとても貴重なものに変わっていくのではないかしら」

 「平凡なものを深く見つめるのは今、とても大切なことだと思っています」 

 「どうぞ続けて 長く長く 期待してますよ」

 小さな頃から大好きな、『魔女の宅急便』原作者の角野栄子さんから、お葉書が届きました。拙著『スケッチジャーナリスト』を見てくださって、書いてくださったお言葉に、ジーンとしております。嬉しくて、ありがたくて、何度も手に取って読み返しております。勇気づけられる言葉です。 

 これからも、スケッチジャーナリストとして、いっけん平凡に見える風景を深く深く目詰め、こつこつ描き続けていきます。長く長く、続けていきますよ。そう心の中で何度もこたえています。 


 "If you keep sketching the everyday in a cobbled-together way, it will one day turn into something very precious, I imagine." 

 "I think it's very important nowadays to look deeply into the mundane." 

 "Go ahead, keep going, for a long, long time I'll be looking forward to your sketches." 

 I received a postcard from Eiko Kakuno, the author of ”Kiki's Delivery Service”, the novel that became a Studio Ghibli animation, which I have loved since I was a little girl. I was touched by the words she wrote after reading my book "Sketch Journalist". I was so happy and grateful that I picked the card up and read it again and again. They are encouraging words. 

 As a sketch journalist, I will continue to sketch deeply and painstakingly, looking deeply and painstakingly at the seemingly mundane landscapes. I will continue for a long, long time. I have said this many times in my heart. 

 りっちゃんの『サラダで元気』も大好きな物語です。大人の方にお勧めなのはエッセイ集『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』、とても良いですよ、ぜひ読んでいただきたい。それから、角野栄子さんのInstagramを拝見しますと、カラフルなファッションに身を包んだ華やかな笑顔に元気づけられます(なんと素敵な80代!)。幅広い世代を明るく勇気づけてくれるすてきな方です。大ファンです。


20220424

タケノコ

 第三次成長期か、というくらいメキメキバキバキと自分が変わっている真っ最中のこの頃。大人になっても、人はこんなにも変わることができるんですね。

「そなたは私、私はそなた」状態の…自他の境界が曖昧らしい小さな人と、四六時中一緒にいることで、私は変わることを余儀なくされています。

ある日、生まれて数ヶ月の赤ちゃんが、眉間に皺寄せてむずかしそうな顔するのを見て、ハッとしました。あらいけない!
きっと私がそんな顔してたのを真似したんでしょうね。ひゅっと心臓が縮まる思いがしました。あぁもっと笑顔でいなくちゃ!



赤ちゃんに話しかける言葉にも、よく立ち止まっては訂正をしています。「…ちょっと待って。今私こう言ったけど…考えてみたらちょっと違ってるかもしれない。ウェイタセカンド……(しばらく考える)…そうね、やっぱりさっきの言葉訂正させてね。あのね…」と言った感じに。

自分の立ち居振る舞いや言葉づかい、表情などをこれまでになく気にするようになりました。背筋を伸ばしたり、姿勢を気にする機会も日に何度も…増えてきました。

ずーっとそんな調子で我がふりを振り返ってるから、緊張が続く感じで、けっこう疲れるんですが…でもそのうち自分のものにできたら、疲れないでできるようになる日がきっと来るはず。自然に今より優しく柔らかくきれいな行動と言葉づかいができるようになっているはず…!なっていたい




自分ごとで発見がひとつ。あまり自覚してなかったんですが、1人でいる時の、ひとりごとがすごく多いんですね。声に出して喋ってる。

実は…お恥ずかしいことながら、結構愚痴が多いんです。だいたい、外で嫌なことを言われたりされた時、その場で黙って我慢し、1人になった時に思いっきりぶつくさ言って吐き出してスッキリさせてました。誰かにパッと聞かれた時に分かんないようにと時々英語にしてブツブツ言ってる…。なんかこうやって言葉にしちゃうと、くらい人ですね(これだって実は成長してて、20代の頃は人に愚痴を聞いてもらってたのを、30代半ばになって「愚痴を人に聞かせちゃいけないなっ」って考えを改めたんです。結果、ひとりごとに落ちついたんだと…たぶんそうだと思います)

ダメですね。いけません。
ついブツブツひとりごとの愚痴を言いそうになるときに、すぐそばで小さな人のつぶらなひとみがこちらを見てるのにハッとします。この無垢なる存在に私の愚痴を聞かせちゃいけない…!

しばらく、苦戦つづき。まずは「どうしたら、この人の耳に入れることなく愚痴を言えるか…」と考えました。しばらく「ひとりごとの愚痴を言う時間と場所を探す」ということをしていたんですが、ナイですね。今のところ見つからない。で、作戦を変えることにしました。

「ブツブツ愚痴を言わない人になろう!」
って言ってすぐ愚痴言わない人になれたら苦労しません。考えました。どうしたら愚痴を言わないでやっていけるか。

で、今のところの方向性としては…「外のストレスを自分の暮らしに持ち帰らない!」嫌なことを言われたりされた時、これまでみたいに黙ってサンドバッグになるんじゃなくて、少しでも思ってることを言って伝えることに決めました。

ストレスを溜めすぎないように、ちょいちょいピシャっと発言しよう。ストレス問題はその場その場で解消(まではいかなくても減少)させるという方向で、しばらく試してみます。

揉め事にならない程度にしたいからその辺が難しいですね。“ぶつかりオジサン”に遭遇してぶつかられた時は反撃すると大変なことになりそうだし…どうしたらいいんだろ。
(”ぶつかりオジサン”都会の駅など人混みにいる時がある。おなかの大きな妊婦さんにわざとぶつかったりする嫌なやつ。なぜそんな行動に出るのか不明。)

他にもいろいろ試してみようと思ってます。脱ストレス!愚痴を言わない人に!


とにかく「愚痴を言わない人になる」と決めたことが一番大きいことかも知れません。「愚痴を言う場所とタイミングを探す」って頭だった時に比べ、なんて言うかちょっと…気持ちが軽くなった気がします。あれ、私最近、愚痴のひとりごとでなくなってきた…!?ような…気がする!

すっごい大きな変化!!!の真っ只中にいます。

何か意見をいうたびに、ひとつづつ、それでいいのか考えるのも、気に入っています。この習慣続けていきたい


写真は昨日、感動したもの!

なにこの造形、ものすんごいなぁ!パワフルだなぁ!!岡本太郎さんみたいな、ズドォンとくる迫力!こりゃぁやばいなぁ…すっごいなぁ…!胸がザワつく!と大騒ぎしたくなるくらい。

竹林でタケノコ掘り。タケノコの造形の魅力は、パイナップルに通じるところがありますね(パイナップル好き)。

タケノコの成長にあやかって、
私も成長したい。ところであります。


20220117

’last post' for a while.



私たちのところへやって来た小さな人、かわいい赤ちゃん!についての投稿は、これを最後に、しばらく筆を折ります。18年後くらいに、本人から許可がおりたら、次の投稿があるかもしれません。

18年後といわず、もしかしたら、30年後くらいになるかもしれませんね。もしいつか「新生児との日々」を綴ったエッセイを出版することになったら(すると私、とうに還暦をすぎてることになりますね‥うまく想像できない!)その時はぜひ、「
あぁ子どもとの関係うまくいってるんだなって」温かい目で読んで下さいね。
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This could be a last post about our baby for a while. I will not share photos, name, character and personality of our child on the internet and any other public media where anybody can see. The following story might be uploaded, Only if our child allows me to share when the child grew up enough 18 years later. Perhaps, I may publish a collection of essays on newborn parenting 30 years later, then you will know my baby let me to write.

I would love to talk and share about our baby’s stories with my family and friends in personal, but not on the post. I like to hear from you as an “experienced patenter”, about the worries and joys of parenting. It is encouraging.
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不特定多数の誰もが見られるオンライン上、SNS、新聞や雑誌含む媒体などに、自分の子どもの「個人が特定できる状態で、性格やそのほか個性について言及しない」。

というルールを自分に課したのは妊娠するよりも、もっとずっと前のことです。
決めていたはずなのに…いざ、赤ちゃんを目の前にすると、あまりの可愛らしさに、姿や仕草を世界中に見せびらかしたい欲求がむくむく湧いて来て、葛藤してます。

自分の欲求の塊に楔を打つためにも、今回、「宣言」を投稿することに決めました。
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子育ての話をしたくないわけではないのです、ただ「オンライン上の誰でも見えるところではしない」というだけです。子育て経験者の方の体験談を聞けるのはすごくありがたいことですし、同じような状況の人と大変さや喜びを分かち合うことができるのは、嬉しいことです。

そして…近しい人(家族や友人)には、「うちのこ可愛いんだけどどうしよう!」って親バカ話を聞いてもらえると嬉しいです。(うっとおしがられない程度に抑えるようにしなくちゃ…。)
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親になるよりもずっと前に、自分がまだ子どもであった時のきもちを忘れないうちに、「自分が親になった時に、してはいけないこと」を色々考えていました。基準は…小さな時の私がめちゃくちゃに怒るだろうこと。親子関係に修復が難しいくらいの亀裂が入ってしまいそうなことはしない、と決めました。
(私の怒るポイントいっぱいあるので大変!)

自分がけっこう…わりと小さな頃から自分の意見をきっぱり持って、頑固で、意思が強い感じなので…もし私に似た感じの子だったら、こりゃぁたいへんなことだなぁ。と想像します。(私の両親はよくこんな私を投げ出さず育ててくれたもんです、と今更ながら思っているところです。苦労かけました。)さて、私たちはどうなることやら、ちょっとキンチョウしてます。

自分がいやだと思うことはしないっていうシンプルなルール。でもどんなに想像して準備しても、実際は自分とこの子は違う人で、違う価値観を持つことになるでしょう…から、そう簡単にはいかないでしょうね。この子は何を好み、何をいやだと思うのかしら。よく聴いて、話し合いながら都度考えていくのだろうなぁ。いっぱい親子げんかするのかなぁ…どきどき。

親子げんかできるくらい大きく、無事に健康に成長してくれますように…!

いつだって、ひとりの人間として尊重し、敬意を持って接したいと思っておりますよ。

写真は泣きはじめの顔のスケッチ。ぴっちり閉じた目の真ん中あたりに、ぷくーーっと球がふくらむような涙。あぁ、泣いてるのに可愛い‥!
It's a sketch of a baby face that started crying. I can see tears like a bulging ball, around the center of the tightly closed eyes.




*余談

妊娠出産報告をして以来「話ができる仲間が増えた!」と感じてます。心強いことです。

(フリーランスの絵描きの悲喜こもごもの話が通じる人が少ないことに比べると、子そだて経験者の数は絶対的に多いですね。)


赤ちゃんと一緒に歩いているだけで、声をかけてくれる年配の女性もいて、なんだかあたたかい気持ちになります。タスマニア大学院時代の友人たちとも再びつながることができ、海の向こうの各国での子育て事情の話が聴けるのも楽しいことです。自分よりずいぶん年下の、だけど親業では先輩の子からは、日本での子育てと仕事の両立についての現実的なお話しをききました。参考になります。

年齢や国を超えてフラットに話すことができる共通の話題なんですねぇ、子育てって。


「親になったもの同士、知恵を出し合い、力を合わせこどもを育てていこう!」というこの感じ、いいものですね。平和!

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Since I tolled that my pregnancy and childbirth, I feel that "the number of friends to talk has increased!" It is encouraging. Parenting seems like a common topic that we can talk regardless of age or country.

(Compared to that there are few people who talks about the sadness and joy of sketch journalist / solo painter, the number of people who have experience with child-rearing is absolutely large.)


I talked to the women who are about 10 years younger than me, but she's already raising children. It is very useful to hear about the current state of the childrearing environment and working conditions in Japan.

It’s fun to reconnect with friends from University of Tasmania and listen to stories about parenting.


Even an elderly lady who walked passed, talked to me and baby. " Hi. What a beautiful baby! does your baby sleeping well? joust few more months to go. Then, you will be able to sleep enough. good luck." It made me feel warm.


It's like, "Now, let's share our wisdom and work together to raise small children." very nice. Very peaceful.



20220101

Welcome.

10ヶ月、おなかの中で育ってきた赤ちゃんが、外の世界へと出て来てくれました。

Please join us to welcome our baby. I wish I could travel around with my baby to introduce to my old friends instead of greeting on facebook.


Adorable beautiful baby came out, after 10months of amazing maternity life! It was a wonderful and magnificent experience that could not be explained in words. Through the experience, I realized that human beings are also one of the animals/life -it might be sound strange to you-. Fell the soft and warm weight of a small person sleeping in my arms, and mutter “it's just amazing. It's wonderful."


すごいものですね。

腕の中でスースーと寝息を立てている小さな人の、柔らかく温かな重みを感じながら、「まったく不思議でならないけど、とにかくすごいことだなぁ。すばらしいことだなぁ。」と感動しています。

まったく、どう言葉にしたらいいのかうまく分からなくて歯がゆいんですけど…。人間も動物のひとつ、生き物だったんだわぁと思い知らされた気分です。


生命誕生の過程において、自分にははかり知れないことばかり。小さな細胞が分裂を繰り返し、さまざまな器官がつくられ一人の人間が作り出されてきたと…本で読み想像することはできますが、それ以外自分でできることって、あまりありません。例えば「今日は赤ちゃんの肺を完成させるぞ!」なんて決意し計画を立て自分で手を動かすわけじゃないんですよね。いつの間にかできあがってる。それがさも当然のことのようにおこっていて、なんだかすごいことだなぁって思うんです。

自分の身体も。自分のものでありながら自分のコントロール下になく、何らかの力によって組み変えられ続けてきた10ヶ月の妊娠生活。しまいには、一度身体が解体され、壊されたかのような分娩!(なかなか過酷な体験でした。)


生き物ってすごいなという感動と共に、現代の医療にも感謝しています。今こうして、ふにゃふにゃ寝ている赤ちゃんを眺めながら、呑気にSNS投稿文を書いていられることは、ほんとに奇跡的に幸せなこと。名古屋市立大学病院のみなさまありがとうございます。(ほんとは、海での水中出産に憧れがあった私ですが、今回大学病院で出産できて本当によかったと、心から思っています。)


余談ですが…陣痛がめっちゃくちゃ痛くてすごくツライ時に、むかし自分が描いた絵に再会しました。のびのびと泳ぐ魚の群れの絵。透き通るオレンジとブルー、陽気な色の魚たち。苦痛にゆがんだ瞼の隙間から絵を眺め、気持ちよい海の中を想像して陣痛の波の中を泳ぐようにして乗り越えました。むかし自分の描いた絵に勇気づけられた気分です。(「この絵私が描いたの!」と助産師さんに説明しようとしたんですが、あまりに痛すぎて「フーーーーッ!フーーーッ!」という息以外、何の言葉も口から出てこず。笑)

実は名古屋市立大学は実は私達夫婦の母校でして、産婦人科の先生2人お友達でした。すごく心強かったです。


不安要素の多い妊娠出産でしたが、ふたをあけてみれば、無事。要所要所で、まわりの人や環境に恵まれ、なんとも幸運な私たちです。今も、様々な人の温かい目に見守られています。ありがたいことです。


There wasn't much I could do. I can only imagine the process of the birth. I read that a small cells repeated division, and various organs were created, and it became one human being. Amazing! 

Also, My body was not under my control, and had changed 10months by some force/ whatever. Then, it was like “once my body was broken,  dismantled, and now it's being reassembled.” It was quite rough birth. 


I am impressed that How amazing life is! At the same time, I am also grateful for newest modern medical care provided by the university hospital. I am appreciate to Nagoya City University Hospital.


By the way, I got a bachelor's degree from Nagoya City University 14years ago. I was studying the medical environment and art. Inside the hospital, there is a mural that I drew when I was a student. I reunited with the mural painting when my labor was so painful. The picture shows the fish swimming freely and lively. The colors of the fish are orange and blue, hilarious and cheerful colors. I looked at the painting through the gap in my painfully distorted eyelids. The mural cheered me up. I tried to explain to the midwife, "I drew this picture!", but I couldn’t. It was so painful  so I couldn't say anything other than the breath “phoooooo phooooooo". Lol


Looking back, we are very fortunate to be blessed with the people and environment around us. Thanks.


There are many things I want to write, but I need to finish writing. As my baby is crying, I have to feed my baby. Thank you for reading my strange note….  

20210623

kids 泣いている小学生/中学生を見かけたら?親でもない第三者に何ができる?

小学生たちが列をなし通学している朝の風景の中

小さな男の子が、肩を落とし、しょぼしょぼと歩いているのを見た。

ふと顔をあげたその子の瞳から涙がポロポロ溢れるのを見てしまい、

私は胸がキリキリと締め付けられるような苦しさを覚え、居ても立ってもいられない気持ちになった。

なぜ、その子が泣いているのかの事情を、私は全く知らないけれど

ただ一人の小さな男の子が、身体全体をかなしい気持ちに浸している、という状態であるというそれだけでじゅうぶん大きな出来事で、私もとてもかなしくなり、自分の目にも涙が浮かんできた。

朝、家で親と揉めたのか、これから向かう学校が嫌な場所で行きたくなくて泣いているのか、同じ学校へと向かう友達たちと喧嘩したのか‥。どんな事情にせよ、そんなにまで涙を流してかなしみながら通学することないだろうに‥どうぞ、世の中の子ども達には、できるだけ幸せな時間を過ごしてほしい。

小さな肩に大きなランドセルを背負っていたその子は小学一年生。親でもなく、担任の先生でもない私にできることは何かあるのだろうか?



ずっと心に残っている後悔がある。

私がまだ大学生だった頃のこと。旅先で出会った女子中学生が、身体全体から憔悴しきった雰囲気を漂わせていた。どうにも放っておけなくて声をかけた。面識もなく、名前も知らない彼女だったが、話をきいた。

「女はいつも男に殴られるから嫌だ。」

と言う彼女の言葉に、私はびっくりした。私も女だが、誰からも殴られたことなく育ってきた。自分の知らない世界だった。

彼女は父親に殴られた、と言った。彼女の母親も父親に殴られている、と言った。女はそうやって、男に殴られる存在でしょう、とさも当然のことのように話す中学生の女の子。私は衝撃を受け、動揺し、あわあわしながら、まくしたてるように喋った。びっくりして早口になってしまった。

「それはおかしいよ!ぜんぜん、おかしいよ!殴られていい人なんていないよ!我慢しなくていいんだよ。殴られるような場所からは、逃げ出していいんだよ。痛かったね、こわかったね‥。殴られない場所があるし、あなたを殴らず守ってくれる人もいるよ、守ってもらえる場所がどこかにあるよ。世の中いろんな人がいて、いろんな場所があるんだよ。

殴るなんてダメだよ!男でも女でも人を殴っちゃだめだし、殴られていい人なんていないよ。みんなみんな大事に扱われていいんだよ。」

次の日も同じ場所に居ることを伝え彼女と別れた。私の心臓はドキンドキンとしていた。

翌日、彼女ではなく、彼女の母親だという女性がやって来た。

「うちの娘に余計なこと言ったのはアンタ?変なこと言うのやめてくれる?何も知らないくせに。人の家庭のことに口出すんジャナイヨ。」

その女性は私を一喝すると去っていった。厳しい声でどなられた私は、しばし呆然としていた。

確かに私は家庭の事情を一切しらない。家族でもないし、学校の先生でもないし、権威ある専門家でもなく、ただの旅する大学生が、やんややんやと家庭のことに口出したらそりゃ不愉快に感じるかもしれない。でも中学生の女の子が一人、ひどく弱っているように見えたんだもの、それだけでお節介をやく理由には十分だと、心の中で反発した。

もちろん中学生の女の子が嘘をついて大袈裟なことを言っていたという可能性もなくはないが、そんなのしかるべき機関に調査してもらい嘘だと分かったら、嘘でよかったと思えばいいだけだ。ほんとに殴られてたとしたら、躊躇してる場合じゃない。

それで、あの中学生の子はどうなったんだろう?逃げ出そうとしたのかな?それとも殴る父親に反抗したのかな?逃げられたのかな?反発したことで、もっとひどく殴られたりしていたらどうしよう…?

私はこわくなった。

昨日話を聞いた段階で、「助けて守ってくれそうな場所/人」に彼女をつないであげられればよかったんだ、と自分の役立たずさにかなしくなった。具体的にどんな機関があるどんなサービスがあるのか知識がなかったけれど、その場で調べればよかったんだ。私はただただ動揺して、何の役にもたたないアドバイスを口にしただけだ。自分の愚かさに腹が立った。何もできなかった。余計なことを言って、よけい事態を悪化させたかもしれない‥?

でも、あんなに若い子が、親のもとで苦しいおもいをしているかと思うと、耐えられない気持ちになる。


力を持つものは、自分がもっている力に対して無自覚になりがちなところがあるように思う。親は子どもに対して圧倒的に力をもっている。経済的に、身体的に、子どもの生命与奪は親の手に握られてしまっている‥ようなところがある。一人前になるまで、子どもは、親の庇護なしに生きていくのは難しく、親の支配下から抜け出すことは非常に困難だ。すごく不均衡な力のもとで、精一杯生きているのが子どもだ、とそんな風に私は感じている。

親は親で一所懸命で、それぞれの正義があり、それぞれ事情があるのだろうけれど、それでも、どんな場合でも、子どもの生命と心を大切に扱わねばならない。いのちは、大事だ。尊厳も大事だ。

対等に親と対峙することがかなわない状態の子どもが

苦しんでいたり、悲しんでいたりする場合は、その子を救う為に、第三者の介入が必要になることもあるはずだと思う。



数ヶ月前のニュースで、5歳の男の子が餓死したという、あまりにかなしい事件を知った。母親が、母親の友人に洗脳されたような状態で言いなりになっており、子どもに食事を与えなかったという。あまりにつらい事件だ。そんなことあってはいけない。育児ノイローゼになる人へのサポートも必要だし、他人を洗脳しお金を巻き上げるような精神的に歪んだ人にはカウンセリングや治療が必要だし、でも何より、まずまっさきに、そんな大人のせいで脅かされる子どもの命をなんとかして守る必要がある、最優先。安全で、あたたかいご飯を食べさせてくれる場所に連れて行き、守ってあげる必要があったのだ。

親でもなく、何も知らない通りがかり第三者だとしても、弱い立場におかれている子どもという存在が弱っているのを見かけたら、他人の家庭のことでも口出したり、手を出したり(しかるべく機関に引き渡すなど)してもいいんじゃないかと思う。



まちなかで、泣いている小学生/中学生を見かけたら、親ではない第三者の私にできることはなんだろう?何だったらしてもいいのか?

ちなみに冒頭の少年は、どうやら、学校で必要だと言われているマスクを親に持たせてもらえなかったことで、泣きながら登校していたらしい。(暴力や虐待でなくてよかった。)もしかしたら、今の日本全国で見られる風景なのかもしれない。マスク着用絶対反対派の親と、マスク着用をルールとして定める学校との間で、板挟みになり苦しい想いをしている子ども達がたくさんいることだろうと思うと胸が痛くなった。





20210515

8+1 years anniversary 8+1周年

 


I have been working as a sketch Journalist for 8+1years. I’m fortunate enough to mark  8+1years 
 anniversary. I would like to express my appreciation for all of you, inspiring clients, partners, and who always support me. (8th May 2021)

スケッチジャーナリストとしてお仕事をはじめて
日本で8年+オーストラリアで1年
8+1周年を迎えました。

フリーランスとして活動してますが
1人で完結するお仕事なんてなく、
毎回毎回、多くのみなさんと協力しながらお仕事に取り組んでいます。
みなさんのおかげで8+1年、続けてこられました。

ペンというなんとも頼りない道具で、かつ
フリーランスという頼れるもののない立場でありながらも、
ここまで続けてこられたのは、
本当に様々な方のご協力あってのことだなぁ、としみじみ感じでおります。
様々な方とのご縁を思い返すとジーンとします。

みなさまのご協力や応援に
心から感謝しています。


そんなこれまでの出会いと、その時に描いた絵を
1冊の本にまとめております。
慣れない作業で、時間がかかっておりますが‥
きっと完成させて、みなさんにお知らせしますので
いましばらくお待ち下さい。

今後もどうぞ、よろしくお願いいたします。

2021年5月8日
真子



*An illustration is a part of a shop card of "SAT." 



20200613

本の表紙について・BookCover Challenge 1

私にしては珍しく自ら手をあげてコンペティションに参加しました。(人と争う場が苦手で、普段はコンペを極力避けております。)本の表紙のコンペです。審査は装丁家の鈴木成一さん。残念ながら私の案は採用されませんでしたが、原稿を読み、表紙を考えたことで、特別な一冊になりました。アツイ本なんです。



「赤ちゃんをわが子として育てる方を求む」
 著/石井光太

菊田昇さん、実在の産婦人科医の、情熱的で壮絶な物語。「いのち」に対する燃え上がるような責任感から、日本医師会や国と闘い続け、ついには法がかわるまでに。7カ月を過ぎた赤ちゃんを堕ろすことができなくなり、「特別養子縁組」制度ができたのも、菊田さんのおかげです。

遊郭に生まれ育ち、性といのちの悲喜こもごも(哀しいことの方が多そうだ)を感じながら成長する。身近には、闇営業の堕胎で命をおとす女性、戦時中出兵前に子供を残したい熱を帯び遊郭の女性に迫る男性達‥。産婦人科医になってからは、’産声をあげて生まれてきたのに’いのちを断たねばならない中絶に耐えられず(このあたり読んでいて私も辛かった)、一方、不妊治療の末子供が産まれないことで家を追い出されることになる女性達にも出会う。産婦人科の現場で、おかしいんじゃないかと思ったことには、声を上げて行動をします。

そして、タイトルにあるとおり「望まぬ妊娠をした女性が子供を堕ろすことなく、子供を欲する夫婦の実子となるよう非合法な縁組みを始める。そう、法律を変える前に、彼は行動をはじめてしまう。違法行為!新聞にスクープされ、家宅捜索され、国会招致、日本医師会からの処分を受けた。「赤ちゃんあっせん事件」として当時の世を騒がせた(らしい)。でもあきらめなかった。日本で無理なら海外への赤ちゃん斡旋はどうだろう‥?(法律を変えるように尽力しつつも、その間も赤ちゃんは産まれ続けていた)。

すごく熱い本ですから、ぜひ、この表紙描きたかった‥本になる前の原稿の状態で読んだのですが、だいぶきもちを持っていかれました。

さて、ところで、あなたのお気に入りの本の表紙は、誰が作ったものだかご存知ですか?私の場合、自分の持っている本、気に入っている本などの本の表紙の多くが、一人の装丁家によるものだと気がついた時には驚きました。あの本も、この本も!?装丁家の鈴木成一さんです。
それから、鈴木成一さんが書いた装丁についての本を3冊読みました。他の装丁家さんの本も何冊か読んでみました。装丁に関わる姿勢、制作の方法など知った上で改めて鈴木成一さんのお仕事が素敵だな、と思いました。本の原稿を全部読み込んで、表紙の提案をするのです(装丁家のなかには、原稿をよまず、編集者の指示に従ってつくるだけの人もいるそうです)。
装丁についての本を読むうちに、ムクムクっと生まれた新たなきもち「私も本の表紙つくりたいな。だってこんなに本が好きなんだもの!」と。そしてこのコンペです。審査は装丁家の鈴木成一さん。
参加お題は「生まれたばかりの赤ちゃん」。
私の提案した表紙絵、装画(そうが)は、赤ちゃんの絵2点。一点は緻密に描き込んだペン画。もう一点は、まさに、今、生まれた!という命のエネルギー、をパワフルに表現したもの。
これは「観察して描いた」いう印象を強く持たせるようです。冷静な観察者の目線。主人公の情熱や使命感に対して、「冷たい」表現だということでした。主題が生命讃歌になってしまうような絵も、またこの本にはふさわしくない。
もっと頼りなげな、つい助けたくなるような存在、として赤ちゃんを描くことが今回の本に合っていたようです。そして、赤ちゃんを通して、愛おしい、守りたいと思わせるきもち、こそが、描かれるべきもの。最終的に選ばれた装画を拝見しましたら、「あぁなるほど、そういうことかぁ」と納得しました。とても魅力的な赤ちゃんの絵で、たまらなく柔らかそうで、頼りなげで、なんとも愛おしいものでした。
他のコンペ参加者の絵についての鈴木先生の言葉も、聞けば納得させられます。生まれたての赤ちゃんというひとつテーマのもと描かれた数々の絵に対し、それぞれ絵のもたらす印象の違いを明確に説明してくれます。絵の違いを繊細に見極める目、恐れ入ります。そして鈴木成一さんの、語彙の豊かさ!微妙なニュアンスを言葉に変えて伝えてくださるところも尊敬します。膨大な量の原稿を全部読んで装丁しているからでしょうか‥。私も、読んで、描いて、そのニュアンスを言葉でも説明できる人になりたいです。

ブックカバーチャレンジのバトンの一日目です。本を7冊紹介する、というリレーだそうです。本の表紙だけ紹介。本文の説明なし。1日1冊紹介し、毎回誰かにバトンを渡すというルールらしいです。始めた方がどなたで、定められたルールの意図は何なのかなど分からないことばかりのバトンです。よく分からない(納得できていない)ルールに従うのはシャクなので、自分でルールつくります。「ブックカバー」=「表紙」について考えるチャレンジをしてみようと思います。
長文読んでくださった方、ありがとうございます。

20200506

NOTE: World is beautiful, when you notice...世界は美しい、もしあなたが、その美しさに気がつくことができたのならば。

This is a note I prepare for a interview in December 2019. 
2019年12月インタビューの前に書いた英語メモより翻訳.



Message 

These days, when I look through World news, I feel the world we live in sounds like an awful place and makes me so sad. Disaster it might be related to climate change, war, fear to disease, virus infection… Depression and anxiety.

I hope my artworks will bring some awareness how beautiful the world surrounded you is.
Even, after the disaster, scenery might be change significantly and could make you sad, please, look around carefully,then, you may find a little flower is blooming, little bud may on the tree, or elderly lady’s shite hair could be shining.

"Enjoy your life" 
 "World is beautiful”.
That's what I would like to tell you through what I do.

私たちが暮らしているこの世界は、ひどいところなんじゃないかと感じてしまう時がある。悲しいニュースが溢れている。度重なる災害 (気候変動に関係しているかもしれない大きな災害)。いまだどこかでは戦争が起こっていて、病気への不安から苦しんでいる人がいる。感染症の恐怖。鬱々とした気持ちを抱えている人も。

私はペンを動かします。
あなたの周りの世界が、美しいということに気づいてもらえるように、と願いながら。
例えば災害の後で、目の前の風景が一変し絶望的な気分になったとしても、目をよく開いて、周りを観察してみたら、枯れ枝の先に小さく芽吹く葉っぱを見つけられるかもしれない。小さな花が咲き、お年寄りの女性の白い髪が朝陽をうけ、すばらしい輝きをみせているかもしれない。美しいものを拾い上げ絵に描き出します。

誰かの人生のビターな時期に、喜びをもたらすこと(喜びとまではいかなくても、少なくとも、ほんの少しの、心落ち着く瞬間をもたらすこと)ができるような絵を
生み出したいと思っています。

「世界は美しい、もしあなたが、その美しさに気がつくことができたのならば。
その時その時の、人生を、どうぞ目一杯楽しんで下さい。」
それが、自分がしていることを通じて、私が伝えたいこと。


* I'm not intend to "teach" how to live. I'm not perfect as I'm the one who often struggled with my life. 
Sketching made me feel comfortable, calm and nice,  when I found difficult to let anxiety or anger to go. Actually, " realize the beauty of the world through sketching" made me calm down and let it go. I just want to "share" - instead of "teach"- what made me relax, because it could be very helpful to someone who are in middle of hard time.

私は生き方を「教える」つもりなんてありません。私は完璧な人ではない(完璧な人なんていない)のです。しょっちゅう何かに苦戦しています。不安とか怒りにきもちが持っていかれそうになることも多々、そんな中、スケッチをするという行為が私を高ぶった気持ちをなだめ、穏やかな気持ちに導いてくれます。いや、スケッチを通して、「世の中の美しい側面に気がつくこと」ですね。私の心のささくれを取り除いてくれるのです。

私はその、私の気持ちを救ってくれたもの、について「シェア」したい、のです。「教える」のではなくてね。
それが、今すごく辛い時期を過ごしている誰かの助けになるかもしれない、と願って。








Over view of me and my works

If you ask me who I am?

I call myself "a sketch journalist”
What I mean by "journalist" is, my artwork is based on my journal, diary of my experiences and explorations. 
I've  been with my style of sketching as a work since 2012 ; around the same time when I completed my master degree in Tasmania.
「スケッチジャーナリスト」と自分で名乗っています。直訳すると「絵日記師」といったところでしょうか。ジャーナルとは日記のこと。自分の体験したことや、探究した世界について日記に書くように、絵を描いています。このスタイルで、お仕事をはじめたのは2012年、タスマニアで修士号を取得したのと同じくらいの時期から、今まで続けています。

Pen & Paper

'MAKO. Pen and Paper' is the business name and I use this as a signature on my work too. 
'PEN and PAPER’ is tools for my creation. I’m using the words more conceptual way. Even brush and  walls , and apple pencil and iPad are 'PEN and PAPER' to me. There are various type of pen from old traditional one to new technology. Depend on tools and the materials 'outcome' may differ. I choose best one for each project.

First of all, I love using drafting pen and fine paper. Transparent watercolor.
Apple pencil and iPad to create pictures  as a Digital data,  are easy to apply to animation, or graphic design and for website or printed materials. Natural Plants dying technique called ‘KUSAKIZOME-UZEN’ is the one I'm now learning and practicing. Laser cutter and Acrylic board is quite interesting.

お仕事をする時の名前として、'MAKO. Pen and Paper'という名称をこれまで使ってきました。「Pen and Paper」つまり「ペンと紙」。私の仕事道具です。コンセプチャルな使い方をしています。例えば「筆と壁」「アップルペンシルとiPad」も私にとっての「ペンと紙」です。伝統的な手法から、新しい技術まで様々なタイプの「ペンと紙」があります。どの道具を「ペン」として使い、何の素材を「紙」とするか、によって「できあがるもの」は変わってきます。依頼されたお仕事それぞれに対して最適だと思う「ペンと紙」を都度選び、使っています。

愛用しているのは、「ドラフィティングペン(建築用のペン)と紙(感じのいい紙、数種お気に入りがあります)」。「透明水彩絵の具」も欠かせないです。デジタルデータが必要とされる場合は「アップルペンシルとiPad」をよく使います。ウェブサイトに使うための絵や、印刷物を入稿するためのデータとしての絵、簡単なアニメーションを作るのにも向いてます。一方で、伝統的な技法にも興味があって、今練習中の「草木染友禅」は「植物由来の色と布」を用いた表現です。レーザーカッターでアクリル板に刻み付けるタイプの絵も、きらいじゃありません。



Academic back ground

And don't forget about my academic background, because… it's all over my work.

Learning about architecture, gave me understanding a space, of course. More than that, it bring me an idea that creative for problem solving.
My arts work is  connected with society somehow.  For example. I made wall painting or drawing for Hospital, Kindergarden, Facility for patients with dementia. My drawing is to bring welcoming and friendly atmosphere into those space.
* I chose appropriate tool and materials to make the wall painting work together with architecture it self.  I wish I could to contribute to make better environment.

アカデミックバックグラウンド(大学大学院で学んだこと) について省略することはできません。卒業後何年経っても、私の作り出すものに、強く影響を与えているから、です。
建築を専攻していたことで、「空間を読み解く」いくつかのスキルを得たことはもちろんですが、それ以上に大きなことは、「社会の問題解決の為の創造(クリエイティブ)」があるのだと知ることができたこと。
ここ数年の間に私が生み出してきたもの、絵の仕事は、なんらかのかたちで社会とつながっています。様々な人にとって、より心地よいベターな環境を作ることに貢献したい、という思いが私の仕事の根底にあります。例えば、病院、幼稚園、認知症患者の為のデイサービス施設の為に絵を描いています。あたたかく親しみやすい雰囲気の空間を差し込むことを目標にしています。
*絵でありながら建築空間の一部。描き方(ペンの選び方)や素材については、建築空間と響き合うものをセレクトします。

I guess You have no idea how much time I spent on the research to come up with my work.
For example, museum. I have made a big wall drawing for The Naumann Elephant Museum. the Elephant  used to live in Japan, in the last Ice Age, about 40,000 years ago.
The wall drawing has to be nice as a interior. The wall is to make guest  feeling comfortable. At the same time, my drawing have to be accurate in a scientific way. so I talked to curators, Mammologist, geologist and archaeologist and many. and they pass me a copy of thesis they wrote. I had to dig in all the thesis…Actually, I literally dug up the soil. I Participated in excavation work, to find Fossils of Naumann Elephants. It was quite fun!

During Studying at Master degree, I have learned how to exam datas and organize informations, I have done some practice to use theory to create artifact.Thank you Catriona. I enjoyed your class about Design research and theory.

実際に絵を描き始める前に、どれほどの時間をリサーチに当てるのか、あなたはきっと想像できないことでしょう。
野尻湖ナウマンゾウ博物館に大きな壁画を描かせてもらいました。今はもう絶滅していますが4万年前の日本に生きていたというゾウについての博物館です。改築された建築空間に似合うインテリアとして成り立つ絵で、来場者をあたたかく迎え入れる絵でありながら、「科学的に正確である絵」を描く必要があります。たくさんの専門家の話を聞きました。哺乳類学者、考古学者、地質学者…。論文をどっさり、手渡してくれる研究者さんも。私は数々の論文を読み、掘り起こして‥そう、文字通り地面を掘る体験もしました。発掘作業に参加させてもらったのです。面白い体験でした。

大学院の授業で、どのようにデータを読むのか、どのように情報を整理するのか、それからどのようにセオリー(理論)を表現につなげるのか、といったことを学びました。デザインリサーチとセオリーの面白さを教えてくれたカトリオナ先生には、とても感謝しています。

Process of my work

At the right beginning of the project,I let all my brain cells get to work.
But, you know, when I'm working on the actual art work, it's pretty much physical.
Completely different job.

I take "my break time"  very seriously on the other hand. 
Taking a couple of cups of coffee saves my art for sure.

絵を描く仕事、そのプロセスについて。
プロジェクトの始まりは、「脳細胞に頑張って働いてもらう」イメージです。
でも、実際の絵を描くときは、頭脳作業というよりもっと、身体的。
この二つの作業は、ものすごく違います。

あと、「休憩する」ことも、すごく大事。
カップ一杯の珈琲休憩が、私の絵の仕事を成り立たせてくれている、といっても過言ではありません。





This is a note I prepare for a interview in December 2019. 
Special Thanks to Kyoto Tomisawa, and Dice Yamakawa.



20200217

交通手段ひとつ選ぶのにも、理由があるんです

遠方での仕事の場合、新幹線(またはそれにかわるもの)+徒歩が今のお気に入りです。

新幹線にかかる交通費はケチらないようにしています。自分の「時間」を大切にしたいということと、自分の「身体」を大切にしたいということが理由です。

移動手段についてのメモです。乗り物に乗る場合、目的地付近まで最短で移動できる乗り物で移動しています。今の私の移動先は国内に限られているので、現状、ほとんど新幹線、ごく稀に飛行機(2回だけ)です。

目的地付近までぴゅーっと移動した後、現地を徒歩や自転車で移動することは苦になりません。歩くということは能動的な行為で、とても楽しいことだからです。自分の大事な「時間」を満喫でき、「身体」も気持ちがいいから、です。お仕事の面でも、決してマイナスではなく、「歩くと新たなお仕事が拾える」ことがよくあります。歩くことに時間をかけるのは、全く無駄ではないのです。

歩いて、美しいものを見つけた場合、ちょっと立ち止まってさささっとスケッチすることだって簡単にできます。絵の技術力を保つためのトレーニングにもなりますし、綺麗な色やカタチに敏感になることができます。

開業してから、お仕事として、高速バスを移動手段に用いたことは一度もありません。過去に、バスに長時間座った後の身体の具合がよくない、という経験を何度かしてきたことから、バスがあまり得意でありません。私の場合車に酔いやすいのでバスの中では読書もできない。30代半ばなり、ちょっとづつむかしのような無茶がきかない身体になってきています。長時間同じ姿勢で椅子に座り続ける時間はできれば減らしていきたいと思っています。

交通費だけみたら安く見える移動手段でも、実際総合的に考えると高くついていることがよくあります。安くても時間がかかる場合、その余分に費やした移動時間で自分がいくら稼げるのかを考えてみてください。その時間、仕事した方がいい。

お金は手段であり、目的ではありません。

大切な人生を生き切るために、
少しでも自分以外の誰かや何かの役に立ちながら暮らしていけるように、
そのためにお仕事があり、そのお仕事を回すための道具としてお金も必要です。

ただし、必要な道具である金に引っ張られ、
自分の時間と身体をこわし人生をだいなしにしたら本末転倒。
お金を節約したいからと、自分の時間と健康を引き換えにさしだすなんて!そんなの嫌よ。
というのが私のスタンスです。


ですから、交通費はケチらないようにしています。
自分出資のお仕事の場合、懐がさみしくてもどうしても移動が必要な場合、
グッと堪えて、高くても最短時間で移動できる切符を買って、
その分はしっかり稼いでくるぞ(お仕事とってくるぞ)と気合いを入れて出かけます。

お仕事を依頼してもらう際は、制作費/日当とは別に、
目的地まで最短時間で行ける交通手段の交通費を頂戴しております。


わざわざこんなこと書かなくても、普通のことでしょ、と思う方が多数いらっしゃることでしょう。当然です。世の中の様々なお仕事の方が、仕事を依頼された場合、移動にかかる交通費を請求していると思うのです。


「高速バスを使うとか、交通費抑えたらどうです?」という提案/助言を受けることがこれまでに何度かあり、モヤモヤが溜まってきたので、ちょいとここに、私のスタンスを示しておこうと思った次第であります。「交通費込みでこの値段でお願いしますよ。交通費、抑えてもらってもそれで構いませんので」などという依頼、基本的に受け付けませんよ、という意思表示のだめ、わざわざこんなメモを書きましたよ。

以上は全て、私の場合、です。バス移動が好きな方やその時間を楽しめる人を否定しているわけではありません。乗り物移動を楽しめる方は存分に楽しんだらいいと思います。

20191225

紫キャベツと柿のサラダ 2019年の100日記

檸檬汁に漬けて赤味が増した紫キャベツと柿のサラダ。初めての組み合わせ(残っていた食材を合わせてみた。)色がとっても綺麗でテンション上がり、美味しくてまた感動。クリスマスに作ったお料理の一品です。




我が家、ツノハウスにサンタクロース(三択ロース)がやって来ました。パズルのようなクイズのような手紙が届き…「一本線を付け加えなさい…」と言った具合で、ちょこっと頭を使わせるサンタです。

2019年12月25日 家での二人の時間がこの上なく楽しい。