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20230501

「長く長く」魔女さんからの手紙!?


 

「日常をこつこつ描かれると、それはとても貴重なものに変わっていくのではないかしら」

 「平凡なものを深く見つめるのは今、とても大切なことだと思っています」 

 「どうぞ続けて 長く長く 期待してますよ」

 小さな頃から大好きな、『魔女の宅急便』原作者の角野栄子さんから、お葉書が届きました。拙著『スケッチジャーナリスト』を見てくださって、書いてくださったお言葉に、ジーンとしております。嬉しくて、ありがたくて、何度も手に取って読み返しております。勇気づけられる言葉です。 

 これからも、スケッチジャーナリストとして、いっけん平凡に見える風景を深く深く目詰め、こつこつ描き続けていきます。長く長く、続けていきますよ。そう心の中で何度もこたえています。 


 "If you keep sketching the everyday in a cobbled-together way, it will one day turn into something very precious, I imagine." 

 "I think it's very important nowadays to look deeply into the mundane." 

 "Go ahead, keep going, for a long, long time I'll be looking forward to your sketches." 

 I received a postcard from Eiko Kakuno, the author of ”Kiki's Delivery Service”, the novel that became a Studio Ghibli animation, which I have loved since I was a little girl. I was touched by the words she wrote after reading my book "Sketch Journalist". I was so happy and grateful that I picked the card up and read it again and again. They are encouraging words. 

 As a sketch journalist, I will continue to sketch deeply and painstakingly, looking deeply and painstakingly at the seemingly mundane landscapes. I will continue for a long, long time. I have said this many times in my heart. 

 りっちゃんの『サラダで元気』も大好きな物語です。大人の方にお勧めなのはエッセイ集『「作家」と「魔女」の集まっちゃった思い出』、とても良いですよ、ぜひ読んでいただきたい。それから、角野栄子さんのInstagramを拝見しますと、カラフルなファッションに身を包んだ華やかな笑顔に元気づけられます(なんと素敵な80代!)。幅広い世代を明るく勇気づけてくれるすてきな方です。大ファンです。


20220429

海辺の水着の老夫婦

 【後ろの表紙をひょいとめくると 折り返した部分に海辺の水着の老夫婦】


2022年4月29日。印刷製本された「本」が家に届きました。ここまで3年ほどかけてつくってきた本です。いよいよ完成直近。今から取り組むのは、表紙のカバーを手折りして本にくるりと巻き付ける作業。

いくら手間をかけても惜しくないと、多大なる時間と労力をかけてつくってきた「本」。最後の最後にもうひと仕事の手仕事です。贈り物をラッピングするようなひと時です。
___________

もし、あなたにとっての“仕事”が「お金を稼ぐこと/お金を効率よく稼ぐこと」だとしたら、私の「本」は“仕事”とは呼べないでしょう。

いち個人として、小部数の本をつくるとすると金銭的には、なかなか大変です。「一般的に本屋さんに並んでいる本の販売価格」を上回る原価が一冊にかかってしまっています。私の手間代を入れないで出した原価で、です。

それでも「つくらずにはいられなかった」のです。「どうしてもつくらねばならないもの」として黙々と手と頭を動かし続けてきました。

なんのために本をつくっているか、と質問されても即答が難しいです。「明確な目的に向かって合理的に選んだ最適な手段」ではけしてありません。

「私が生きていること」と同じくらい、「よくわからないけど、やるしかなくて、すごく大変だけど、すごく楽しいこと」が、私にとっての本づくりです。

全くもっていったいどれほどの手間をかけてきたのか、というほどコツコツと作り続けた上に、最後にまだ手で作業をしています。一冊一冊、表紙を本に巻きつけています。

___________

表紙は3種類用意することにしました。表紙のひとつ、ベーシックな黄緑表紙の一部分をちょこっとチラ見せ。折り返した部分に、小さく描かれた水着の老夫婦。お花をプレゼントしています。

私の本も「贈り物」なのかもしれないなぁ。

なぜどうして「贈り物」なのか。誰への「贈り物」なのか。ひとことで説明するのはすごく難しいんですが、読んでもらえば分かる…かもしれません。

私の人生の一部分、
生きていることそのもの、
私のかけらのような「本」がもうじき完成します。

「本」の出版まであと少し




20220422

本と写真 / My book and photography 


もうじき出版予定の私の「作品集+エッセイ集」の大切な要素に「写真」があります。

タスマニアでの写真は主にRaja(ラジャ) @raja.syazwina.rs.photography が撮ってくれたもの、
日本での写真は田中江理ちゃん @2komat によるものがメインです。
2人とも、私が学生だった時に出会っており(タスマニア大学と名古屋市立大学)、当時は趣味で写真を撮っていた2人ともが、卒業後何年もたった今もカメラを構えています。

Raja https://www.rajasyazwinarsphotography.com/ 

作品集をまとめるにあたり、私が当初思い描いていた本は「絵」がメインの本でした。しかし、デザイナーさんから「写真をいれたい」との提案がありました。制作風景を撮った写真や、作者(真子)自身がどんな人なのか想像できるような写真。

私は最初、作品集に自分の写真を入れることに対して否定的でした。絵だけあればいい、と思っていたんです。気恥ずかしいから、というのが1番大きな理由。女優さんやモデルさんみたいに綺麗なわけではない容姿です。いろんな人突っ込まれそう、揶揄われそう…と心配になりました。こんな私を本の中に晒さない方がいいんじゃないかな…と不安がありました。試しにデザイナーさんが選んだ写真を入れて見せてくれた案を見たときも、カッと顔に血がのぼるような気持ちになりました。

でも結局、デザイナーさんのアドバイスにのっかり、写真を載せることにしました。何度も写真を見ているうちに考が変わりました。私の容姿を見てもらいたいわけでは全然ないのは変わりないんですけど…えっと、写真には「私の容姿、以上のもの」が写りこんでいるなぁと感じるようになったからです。

Rajaは彼女のウェブサイトの自己紹介でこう書いています。

“….Photography lets us capture those fleeting moments. The emotions, the things that once were, a sort of visual record.

Photography becomes a way of seeing. “

写真は「ものの見方」であり「感じ方」なんです。カメラを構えている人が何をどう見ていたのか、の視覚的な記録です。感情とか、その時そこにあったものとか…。

そう、だから私の作品集に載せる私の写真は、Rajaと田中江理ちゃん2人の写真家の見方なんです。2人のものの見方が、写真を通して見えてきます。

だから私が本に載せるのは、「私ではない人から見た、真子のしていること」なんです。つまり2人の視点。

そう納得して写真入りの本の原稿を見ると「なるほどなぁ。確かに写真あった方がいいなぁ。」という気持ちになってきました。

思い返せば、本づくりをはじめた初期の頃から、デザイナーさんから繰り返し提案され続けました。写真入れようって。私の想像してたよりもっとずっといっぱい写真が載りました。

恥ずかしい気持ちは消えませんが、それでも写真を入れてよかったなぁと今では思っています。

2人の写真家の共通点は、2人とも私の近くに居てくれ、一緒にたくさんの時間を過ごした人であるということ。この2人の視点を見てみる…という感じで、写真も楽しんでもらえたら嬉しいです。 

20220416

毎年花が咲くこと



 かなしいきもちに飲み込まれそうな時もある。苦しくて悪夢にうなされる夜もある。目覚めても、未来への不安が拭えない朝もある。


そんな時は少し歩くといい。ちょっと疲れるくらい身体をつかい、景色を眺める。同じ道を歩いても一週間前とは違う景色に出会い、季節の変化を感じられる。

今日は30分だけ森を散歩した。緑の枝の上に白い花が咲いていた。綺麗ねぇと顔を寄せると先客。オレンジ色の小さな蝶がとまっていた。逃げない蝶が鼻先15cmの距離にいて一緒に花を眺めてるような不思議な感覚になった。ようしもうちょっと、がんばるぞというきもちになって家に帰ってきた。

かなしいの沼に浸り憂いでいるだけで一日を終えたくない。少しでも前を向き、少しでもいい方向に向かっていくにはどうしたらいいだろうと模索して、試して、ジタバタしたいと思う。

ツノハウスは新聞をとっているのだけど、私は最近、新聞を読むのが辛くなってきている。あまりにかなしいニュースがあふれている。ガッカリ肩が落ちちゃうようなニュースもある。苦しい記事を載せたら、同じくらいの分量の気持ちいい記事も載せてくれたらいいのに…。

ラジオで国会答弁を聞いてみても非難し合うばっかりなやりとりが続くとげんなりとしてくる。ヤジがかぶるともう耳を塞ぎたくなってしまいパチっと電源を切る。国会答弁もしばらくきいていない。

間違いを指摘し非難するだけが、社会を心地よい方向に変える方法ではないはず。現状のいいところを見つけ認めて、大切に残していくことだって、変革と同じくらい大事なこと。なくなってから騒ぎ立て嘆ぎ誰かのせいにして責め立てる前に、まだそこにあるうちに気がついて大切にできないだろうか。

今ここに当たり前のようにしてある環境や仕組みのなかには、先人たちが苦労してつくりあげてくれたものもあり、それらを簡単に放り出したりしたくない。
平和な暮らしの貴重さ、ありがたさをヒシヒシと感じること。安易に戦いを煽らないこと。諍いをながびかせる行為に加担しないこと…。



当たり前のように毎年桜の花が咲くことの、すごさを忘れたくない。雪と氷に覆われた氷河期にこれから突如突入しちゃったら見られなくなるかもしれない景色をしっかり楽しみたい。

人と植物と動物と、今この世界の美しさを見つけ認めて、慈しむことを大事にしたい。(批判精神ももちろん同じくらいだいじ。注: 非難と批判は別もの)とそんなことを今日も考えています。

抽象的で散漫な文章でちょっと分かりにくい投稿になってしまいました。すみません…。えっと…今日書いた内容によく似たことを、具体的なエピソードをまじえながら、エッセイとして書き上げました。具体的な文章の方が読みやすい、はず。です。

悩みと、願い、祈りのような…切実なきもちをぎゅぎゅぎゅーっと詰め込んで文章を書きました。私のエッセイ集+作品集。つくるのに3年くらいかかっております。もうじき完成します。完成したらぜひ読んでください。

#最近本をつくっています

写真は3月の名古屋、竹林の向こうにしだれ梅

20210515

8+1 years anniversary 8+1周年

 


I have been working as a sketch Journalist for 8+1years. I’m fortunate enough to mark  8+1years 
 anniversary. I would like to express my appreciation for all of you, inspiring clients, partners, and who always support me. (8th May 2021)

スケッチジャーナリストとしてお仕事をはじめて
日本で8年+オーストラリアで1年
8+1周年を迎えました。

フリーランスとして活動してますが
1人で完結するお仕事なんてなく、
毎回毎回、多くのみなさんと協力しながらお仕事に取り組んでいます。
みなさんのおかげで8+1年、続けてこられました。

ペンというなんとも頼りない道具で、かつ
フリーランスという頼れるもののない立場でありながらも、
ここまで続けてこられたのは、
本当に様々な方のご協力あってのことだなぁ、としみじみ感じでおります。
様々な方とのご縁を思い返すとジーンとします。

みなさまのご協力や応援に
心から感謝しています。


そんなこれまでの出会いと、その時に描いた絵を
1冊の本にまとめております。
慣れない作業で、時間がかかっておりますが‥
きっと完成させて、みなさんにお知らせしますので
いましばらくお待ち下さい。

今後もどうぞ、よろしくお願いいたします。

2021年5月8日
真子



*An illustration is a part of a shop card of "SAT." 



20210227

10年1000冊

2010年12月17日より読書記録をつけ始めて10年

2020年12月16日の時点で1000冊の記録がたまりました。


26歳から36歳までの間に読んだ本のリストを改めて見直してみました。

「10年くらい読書記録をつけてみたら、何か面白い発見があるかもしれない!」と期待して記録を続けてみましたが、想像していたような大きな発見は特にありませんでした。もう10年続けてみようかと思います。


小さな気づきは、いくつか。

1 むかし(小中高校生の頃)あんなに好きだった小説(何巻にもわたる長編小説、歴史小説など)をこの10年でほとんど読んでいないことに、自分で驚きました。物語を楽しむ心の余裕がなかったのかしら…と想像するとちょっと寂しいですね。実際余裕がなかったな、と感じています。次の10年では「物語の世界に遊ぶ」時間も取れるといいなぁと思います。

2 この10年で読んだ本は随筆や実用書が多くみられます。大学院での勉強で使った本には、建築の本と合わせて、環境問題について自然科学の分野の本も。仕事をするようになってからは、リサーチ用に都度プロジェクト内容。クライアントさんの愛読書を読むようにしていたり、クライアントになりそうな方の愛読書を読んだおいたり(お仕事をいただくための営業活動の一環としての読書ですね)。読んだ本のリストからも「現実の世界を必死に生きていた」感をヒシヒシと感じます。

3 詩。読んだ本リストに度々登場するのが、様々な人物による詩集です。直接的に学校の勉強や仕事の役に立つわけではないかもしれない詩ですが、キリキリ舞の毎日の中で、きっと詩が必要だったのでしょうかね。

4 何回も読み返している本の存在。ほんの数冊です。

「茶の本 The Book of Tea (日英対訳)」 岡倉 天心 (著), (対訳本:2008) (原著1906)

「環境倫理学」鬼頭 秀一/ 福永 真弓 (編) (2009)

「センス・オブ・ワンダー」レイチェル・L. カーソン (著), (1996)

「エレファントム 象はなぜ遠い記憶を語るのか」ライアル・ワトソン (著), (2009)

「暇と退屈の倫理学」 國分功一郎(著),(2011)

「恋文物語」 池内 紀 (著), (1994)

「デザイナーは喧嘩師であれ―四句分別デザイン特論」川崎 和男,(1999)

「エッシャーの宇宙」  ブルーノ・エルンスト (著), (1983)

「女性の品格」 坂東 眞理子 (著),(2006)

「遠い太鼓」村上 春樹 (著),(1993)

「砂の本」ボルヘス (著),(1975)

「生物と無生物のあいだ 」福岡 伸一, (2007)

詩は、茨木のり子さんの詩を読む機会が多いようです。


*「読書メーター」というサービスを使っています。記録をつけはじめた前半は、リトルプレスや自費出版の書籍などの登録の仕方がわからず、それらの記録が抜け落ちています。ですから、実際には、1000+α冊です。

*こんなふうに読書記録をつけ見返せるのも、「読書メーター」のおかげです。「読書メーター」の管理運営を続けてくださっている方に、感謝をしています。ありがとうございます。ぜひまた次の10年も続けたいので、どうぞよろしくお願いします。



 次の10年、36歳から46歳ではどんな本に出会えるのでしょうねぇ。楽しみです。できることならば、次の10年は、本を生み出す側の人になりたいです。

20200905

聴き方 最近勉強していることシェア

【話しの聞き方(最近勉強していることをシェアします)】 

①頭から否定しない、ただし安易に同調もしない 事実関係を把握する 
②本人のきもちに重点をおいて聴く よい例「あなたはそう感じたのですね。」
③責めない 叱責は避ける「あなたの努力が足りない」はNG 
④精神論は禁物 「気持ちがたるんでいる」「みんなもっとつらい思いしている」はNG 
⑤すべきことは具体的に伝える  
×曖昧なアドバイスをしない 「対人関係スキルを学んだ方がいいよ」NG 「しっかりしなさい」NG 
○具体的に、いつ、どこにいくと、どんな支援がえられるかなど伝えてあげる 
⑥こちらができる範囲を明確にする 「いつでも相談に乗るよ」とは言わない。 (ほんとにいつでも相談きちゃうから) いい例「来週水曜日の15:00から1時間はなしを聞く時間を作れるよ」
⑦視覚情報で示しすと理解しやすい。文字を紙に書き出しながら説明をする 

 精神認知行動医学を専門とされている方からお話を伺いました。 自閉スペクトラム症など神経発達障がいを持っている相手に対して、どのように話を聞くか。というお話を聞いた時の私のメモ。(間違いがあったらすみません) 
「支援が必要なわけではない健常者」を相手にお話をする時にも、そのまま役に立つような気がします。

 ある病院の名誉院長さん、ホスピスでのエンド・オブ・ライフケアに取り組んできた方からうかがったお話も印象的です。コミュニケーションで留意していること、(以下私のメモです。聞き逃しあるかも?) 

①答えの選択肢の広い質問を投げかける  
②答えの選択肢が狭い質問はしない  (家族のこと、仕事のことなど、プライバシーに関わることは、聞き出されて嫌な気持ちになる場合がある)
③根拠もなく特定のことを断定的に言ってしまわないように気をつける。 
良かれと思ってもNG  
×ダメな例「いいですね、息子さんあとをついでくれて」「いいですね、優しいだんなさんで」など(家族間で揉めていてツライ場合もある。このひとことが相手の気持ちを追い詰めてしまう場合も。) 
勝手に想像して、思い込みや憶測で価値判断をしてしまうことに気をつける 
④思いや気持ちに焦点をあてて話しを聞く「その時、あなたはどのように思われましたか?」 

気を使うことが多すぎて大変だなと思ってしまうけど、
でも こんな風に話しかけられたら、うれしい。とてもうれしい。 

逆に上記のNG項目を言われた時 嫌なきもちになったなぁと 思い出す。 

話し方について。 
時々思い出して、 
ちょっと気を使って話しをできる人になりたい。 

 心が元気なタフな側(たぶん私こっち側)がちょっと余分に、気をつかって寄り添ってあげられるようになりたい。タフなのはたまたま、脳みそがそう生まれついたからなだけかもしれないから。(これも事故などにあって脳にダメージを負うと、それだけで性格も変わっちゃう可能性もある。明日は我が身だなぁと思う。)

生まれつき(または事故などで)脳にエラーを抱えているだけかもしれない相手に対して、 気を使って話すということ。一般的なふるまいになるといいな。 

簡単にはできないかもしれないけど。 
私も学んで気をつけるようにしていくので
どうかあなたもぜひ 。
一緒に挑戦してみませんか。

やさしい気づかいができる人になりたい。 心からそう思う。


_________________
追記
 

NG例
「みんなもっとつらい思いしているのに。あなたは、めぐまれているのに、気持ちがたるんでいる。努力が足りない。対人関係スキルを学んだ方がいいよ。しっかりしなさい。」
こう文字情報としてならべてみると特に思うのですが
「精神論の曖昧なアドバイスで相手を叱責する」って、話し手側が満足するだけじゃないのかなぁ。聞いている相手にとって役に立つ情報が、その言葉には入ってない。
言いたくなっちゃう。たぶんこんな感じのこと言ったことある。そういう状況の時のことを思い出すと、たぶん自分イライラしていた。「自分はこんなに苦労してがんばっているのに、あなたは努力もしないで文句ばっかり言って!」というイライラから発していた言葉だと思う。
でもほんと、文字に書いて眺めてみると、何ひとつ相手の為になることは言っていない。(そもそも相手の役に立とうとも思っていなかった気がする。)

繰り返すがダメな例
「みんなもっとつらい思いしているのに。あなたは、めぐまれているのに、気持ちがたるんでいる。努力が足りない。対人関係スキルを学んだ方がいいよ。しっかりしなさい。」
言ってる側がエラそうに言って気持ちよくなっているだけ、または言いながらストレスを発散しているだけなのかもしれない‥なんておもってしまう。
だから「そう言われても、気にやまないこと」、と叱責されている側の人に伝えてあげたい。

やさしく真面目な人が、叱責されたことに辛くなって、でも何をしたらいいかわからなくて(そりゃそうだ、なにも具体的なアドバイスふくまれてないんだもの)、つらくなって心に傷をおって会社から去っていくようなシーンが減るといいな‥。会社から去ってもいいけど、自分のきもちをすり減らし過ぎないで‥

実際、世の中の「アドバイス」ってほとんど上のダメな例なのかも?(言いたくなりがちな気持ちもよく分かるので、自戒をこめてメモ。)

心に(わたし含む)が少し気をつかって、
個人個人の存在を尊重しあえるような雰囲気を作れたらいいな
簡単じゃなさそうだけど もっとやさしくなりたい ちょっとづつ「お互いに」気を使いあって暮らしていきたい

20191017

最近本を作っています。トゲトゲの文章と格闘中。 2019年の100日記

「最近本を作っています」
「from making a book to letting people read it, 本を作ってから読み手に届けるまで,」の記録


どうも私は、生真面目にしか文章を書けないようで、ユーモアが足りてないよなぁ…と、悩んでいたところです。

「ポジティブでユーモラスな太宰治(の世界)があってさ。人間失格、とか、斜陽、じゃない太宰治。それで、やっぱり言葉は、もう、とても美しくて…。」と聞いて、太宰治の文章を読みたい欲求が高まっている真子です。こんばんは。



八ヶ岳倶楽部を再訪。テラス席にイガグリが落ちていました。トゲトゲでチクチク。私の文章はまさに、こんな感じでトゲトゲしていたように思います。


「これまで自分が作り出してきたもの、お仕事についてまとめた本を作りたい」と本格的に動きはじめたのは6月。編集者である友人(アズアズと呼んでいる)の提案により、何本かの文章を自分で書いてみることになりました。

とはいえ、絵ばかり描いているここ数年です、いざ文章を書き出してみると、なかなかうまく言葉が出てきません。随分と苦戦しました。線をコントロールすることに比べ、言葉を制御することの難しさといったら!なかなか波に乗れない私に、アズアズは何度もお題を投げかけてくれました。例えば、それは「働く」ということ。「真子ちゃんにとって、働くってどういうこと?書いてみて。読んでみたい。」


はじめて書いた「働く」をテーマにした文章は、今になって思うとずいぶんヒドイ出来でした。「トゲトゲでチクチクのまさにイガグリのまま、読者の懐に飛び込もうと無茶している」ような…。働くということを考えたときに、真っ先に過去の失敗や、ケチョンケチョンにうまくいかなかったことや、コテンパンにされたことを思い出し身体が硬直してしまうように文章も硬直してしまったのです。自分で書きながら、「なんてツマラナイ文章なんだろう、読者の方は読んで楽しいかしら…これじゃ全然楽しめないよね…」とテンションが下がってしましました。


毎週月曜の朝に本づくりのミーティングを重ねてきました。ツマラナイ文章だと自分で思った文章は、他の人が読んでもツマラナイものだったみたい。しゅーんとなっている私に編集者アズアズの熱い言葉が降りそそぎます。「これまでのお仕事で、ほんとうに楽しかった瞬間を思い出して!一緒にお仕事をした人や、クライアントさんや、関わったいろんな人で、ありがとうを伝えたい人の顔を思い出して!ありがとうを手渡すつもりで書いてみて…」


編集者のアズアズは、勢いよく喋りながらも、私のイガグリの殻のような鎧を砕いてくれました。働く中で楽しかったこと、ありがとうと伝えたいこと…自分の内側の記憶の中を探ります。トゲトゲの奥には美味しそうなツヤツヤの栗のような、宝物のような言葉が出てきました。トラウマ的経験のかげに隠れていたけど、確かに確かにしあわせな瞬間や、心があたたかくなった出来事、たくさんありました。自分でも驚くような、新たな発見もありました。


毎週毎週の本づくりミーティングの中で、イガグリ真子の文章を、つるんと剥いて中身を取り出す作業に、根気よく付き合ってくれたのです。

そうこうしていたら、栗のような素材がコロコロといくつか集まってきました。さてここから、さらに、美味しくいただけるかたちにお料理をしていく時間です。ふっくらと蒸しあげて、塩をパラリ。あるいは焼いて、甘みを引き出して、それとも縄文土器で煮込んで原始的にいただくか、もしくはエレガントなモンブランへと変えて…。さて、どのように料理いたしましょう。

まだまだ稚拙な私の文章、いくらでも磨く余地がありそうです。
一旦手を止めて、太宰治のユーモラスな短編といわるものを読んでみますかね。。

20191016

最近本をつくっています 2019年の100日記,



朝7時、いつもの喫茶店で、「ホット(コーヒー)」を注文し、いつも通り「フレッシュ(ミルク)無し」で、バタートーストと、ゆでタマゴがテーブルにならぶ。食べる順番も決まっている。まずはタマゴに塩をひとふり。(かけすぎるなと、ばぁさんが口うるさいから、ひとふりで我慢する。)それから、トーストをひとくち齧ると、だいたい満たされた気持ちになる。さぁさ、今日の仕事に取り掛かろう…。老眼鏡をかけて、今日の一冊を取り出す。朝の読書を日課にしたのは、定年する前の年からだから…もう23年か。市の図書館に行って気になる本を探すようにしている。細かい字はダメだ、読めたもんじゃない。いつも本を一冊と手帳を一冊持ち歩いている。最近、文字を追っていたはずが、ついボンヤリして眠くなってしまうことがある。困ったものだ。それで、読んで気に入った文章を手帳に書き写すことにしたんだ。1年の終わりに書きためた言葉をまとめて、孫に渡すことにしている。あいつももっと本を読むといいんだが…。さぁ、コーヒーが冷え切らないうちに今日の作業分を追えなくてはならない。アァイソガシイ…。


そんな風に、朝の喫茶店で一章づつ読んでもらえるような本を作りたい。私の空想。

その年代の人が手に取ってくれるのはどんな本だろうか。タイトルは?表紙は?どこに置いておけばいいのか。やっぱり図書館かな。喫茶店にも置いてもらえるといい。おじぃちゃんから孫へ(働きはじめたばかりの忙しくしている孫へ)、手渡したくなる本であってほしい。「いま仕事が忙しくて、正直、本とか読んでる時間ないんだよ、じぃちゃん。」ってめんどくさそうに答えたその人が、それでも手にしてみたら気になって、とりあえず自分の鞄に滑り込ませるような。そんな本がいい。70-80代と、20代の両方にささるような。そんな本。

#最近本をつくっています

「from making a book to letting people read it, 本を作ってから読み手に届けるまで,」の記録

20190924

astonishment。 驚嘆し、魅了されること。 2019年の100日記,

身体のメンテナンスと共に、思考のメンテナンスも。

「言葉」という「道具」を使って紙の上で整理しながら、思考の「運動」をする。歴史を振り返ること、過去の人々の残した文献にあたること。それから、日々、「考えることの訓練をしている人」と会い、思考の過程を少し覗かせてもらうこと。人の言葉に耳を傾けること。

ピラティスの先生や整体師さんから度々「肩甲骨をはがす。」というようなことを言われる。肩甲骨のあたり凝り固まるのをバリっと引き剥がしてぐるぐる動かすようなイメージ。肩凝り防止。同じようなイメージかもしれない。頭の中でも、凝り固まろうとしている思考にザクッと手を入れ、ぐるぐるっとひっくり返してかき回すイメージ。そういう作業を時々してあげること、思考のメンテナンス忘れちゃいけないと思っている。

私にとって頭の中をかき回す方法は、本を読むことと、紙とペンを使って自分の頭で考えることと、人の話をきくこと。




独立研究者、森田真生さんのお話は、今回も面白かった。「計算との付き合い方」の話をしながら「この世界での生き方」を考える時間となった。

京都の恵文社さんにて、独立研究者、森田真生さんの「数学ブックトーク」に参加してきました。’昨日まで9週間ほど引きこもっていた‘という森田さんが、取り組んで考えていたらしい問、キーとなる考え、言葉。膨大な情報が桜吹雪のようにフワフワとヒラヒラと降ってくる中、自分の身に当てはめられそうなヒトヒラを見つけては、必死に手を伸ばして捕まえ、紙の上に書きつけていきました。実り多い3時間半でした。

コワイこと、ツライこと、憤ること…たくさんのモヤモヤをかいくぐり、この世界をどう生きてゆくのか。できればキケンな方向に傾くことなく。できれば、悲惨な風景は見たくない。

「人気者が語る流行りのイメージ」に何も考えず乗っかることのキケン性。
「美しい魂シンドローム」の不気味さ。何かが内で何かを外に振り分けて考える「集合論」その手法が、有効性を失って来ている昨今。選ばれた者だけが生き残る箱船ではなく。守られた安全なポジションに自分を上げて、上から下を見下ろして、シニカルに偉そうに、人を非難することの不毛さ。どこにも確かな安全地帯なんてないのに…。

astonishment。
驚嘆し、魅了されること。
鍵はそこにあるかもしれない、と森田さん。


「あぁそうだゾウとクジラだ!」と今朝の発見。

一晩寝てるあいだに、森田さんの話の一部分が私の頭の中に腰をおろしたようで、そこにきて今朝、友人のアズアズとお喋りしていたら、霧が像を結びはじめたみたいだ。電話を切ってお買い物していたら、ふわっとブワッと世界が広がった。

「astonishmentだ。それはゾウで、シロナガスクジラで、波間を飛び跳ねるイルカ。白イチジクとブルーチーズと蜂蜜とハーブの世界。」


興奮冷めやらぬままのメモ、
書きっぱなしで失礼します。

そんな感じで
最近本を作っています。
詳細はまた追って…

20190810

本を作っています。「亀の湯向かいの地下の喫茶店」にて。2019年の100日記,

数日前に岐阜から出てきた私と、東京から出てきた編集者さんで、長野にて打ち合わせ。「亀の湯向かいの地下の喫茶店」にて。(私の道案内は亀の湯が起点!駅から案内にすべきだったと後でハッとしました。笑) 

素晴らしくおいしい濃厚なスープをいただき、美しいスパゲッティに舌鼓をうち、安定の美味しさの焼き菓子とコーヒーで力がわいたみたい。白熱した打合せ、ブワッと毛穴からエネルギーが放出されるみたいな勢いでお互い喋りあっていたら、あっという間に時間が飛んでいきました。居させてくれてありがとうございます。感謝感謝。相変わらず美味しくてしあわせです。ご馳走さまです。

ペコリーノロマーノ。パルミジャーノレッジャーノ。チーズがふわっと削られたトマトソース。美しいなぁ


#最近本を作っています, 
#本を作ってから読み手に届けるまで, 
#from making a book to letting people read it, 
の記録

20190809

最近本を作っています。苦戦。 2019年の100日記,


最近、文章を書いている。だけどどうも、浅いところを行き来していて、深く潜れなくて苦戦している。この数年、絵を描く方に比重が偏り過ぎていて「言葉で考えること」をおざなりにしていた。そんな気がしていたけど、改めて実感。

それで、むかしのメモを引っ張り出してきて、当時の思考をなぞっている。8年前の自分が、こんなに真面目に自分の思考と向き合い、しっくり合う言葉を探しながら思考を深めていた…!

当時夢中になっていた本/セオリーが透けてみえる。(言葉(著者名, 発行年)がメモされている。でもタイトルがメモされてない!?)湯浅さんの身体論。鬼頭さん編集の環境倫理学。GhelさんのCities for people。Voluntarily Architect坂さん。Owenさんのは論文からだったと思う。Maggie’s Architectural brief は癌患者の為の施設の建築ガイドライン。五十嵐太郎さん。石上純也さん。Positive Developments。Simon さんってどなたで、何の本だっけ…?英語日本語どちらも、知的好奇心のあふれるままにバキバキ(!?)読みまくっていた読書量に、今到底追いついてない。


当時の興味。「エコメディカル」「建築的なメディソン(薬、治療法)」「環境倫理学の観点から見るグリーンアーキテクチャ」「自然という概念」「建築と植物の関係性」「健康と環境」「人の心を癒す場所」「土地と水と空気を綺麗にすること」(ちなみに当時の思考はメモをご覧の通り、英語で考えていた。日本語にうまく翻訳できてない言葉がたくさんある。いま無理矢理日本語にあてはめると、こんな感じだけど、全然しっくりこない。)


for people, not for power or money.
って書いてある。
若者っぽくてあおくさくもあるけど…。
そうか。こんなこと書いてたのかー。
目が吸い付いてしまって離れない。


さて2019年の今。8年のドサまわりの(!?)絵描き生活を経た私は何をどう考えているのか。自分の頭の奥を、これから探ってみようと思う。

思考の整理 Note. 4. April.2011.
2011年4月

20190702

本づくりをはじめました 2019年の100日記,

とても嬉しくて、待ちに待って迎えた夕食。ツノハウスへようこそ。


献立メモ
ツノ菜園のプチトマトと水菜のサラダ、
同じくツノ菜園の枝豆
ナスとアボカドと大豆の和えたの
粉ふき芋(父の育てたジャガイモ)に
自家製マヨネーズ
カオマンガイ(玄米。鶏肉炊き合わせごはん。)
カオマンガイのトッピング色々。(玉ねぎも父作。)
摘みたてミント入り梅酒ソーダまたはジンジャーエール
むぎちゃ


前々日に鶏肉を塩麹に漬けるところからはじまり、直前で新鮮なハーブや野菜を摘み取り(一緒に手伝ってもらった)、刻んだり和えたりいろいろして食卓に並べるまで。とても嬉しい気持ちと、少しの緊張感(!?)を持ってのお出迎え準備も、楽しかっった。


「本」が好きで、好きで、だから本を作りたくて、頼りになる友人2人に相談したのでした。はるばる来てくれてありがとう。



最近本を作っています, 
「本を作ってから読み手に届けるまで, from making a book to letting people read it, 」記録