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20101113

Women in Australia / オーストラリアの女たち

Warm afternoon, smell of baking cheese,  sitting near to oven.
I turned over the pages of magazine while the asparagus pie had been baking in the oven. I now have a enough time to learn Australian dishes. Women's weekly or coles' booklet is my tutor. There are a lot of recipes which I have never tried and I would like to try. 
あたたかい午後、チーズの焼けるにおい。
アスパラガスパイをオーブンで焼いている間、私はそのちかくに座ってぱらぱらと雑誌のページをめくる。
オーストラリアの料理をおぼえるための時間が私にはたっぷりある。 ウーマンズウィークリー(雑誌のタイトル)かコールズ(スーパー)の小冊子が私の先生。 私が今まで一度もつくったことがなくて、そして作ってみたいレシピがたくさんのっている。


A naked man suddenly appeared next to the creamy prawn pasta in the magazine. I was shocked. Hey, this magazine suppose to be cooking book but not porno! Some Australian women might see 
this man's body during cooking at kitchen. It is actually advertisement of sugar. I don't think I can find naked man's advertisement in cooking magazine although I can find sexy girl's advertisement in man's magazine in Japan. The stereotypical advertisement of ingredient tend to use stereotypical good house wife images in Japanese cooking magazine. Chaste gentle house wife who love to take care of family rather than to be happy for herself. I think that naked man might be little bit too naughty to appear in cooking book but typical good wife could be boring to see during cooking. 
料理雑誌のページをめくっていると、海老のクリーミーパスタのとなりに、突然、男の裸体が現れた。びっくりした。これはポルノではなく、料理雑誌のはずよね?オーストラリアの女性達は、キッチンでレシピ片手に料理しながらこの裸の男のからだをみるんだろうか。 それは砂糖の広告のページだった。 日本の男性誌なら、セクシーな女の子の広告を見つけることができるかもしれないけど、主婦向け料理雑誌に男のヌードを見ることはないとおもう。 典型的な日本の料理雑誌の食材の広告では、いい奥さん、素敵な主婦のイメージがつかわれることが多いと思う。 自分にとっての幸福よりも、家族の世話をするのを好む貞節な優しい主婦。 裸の男は料理雑誌にあらわれるにはちょっと、やらしーーと思うけど、典型的な良妻のイメージは、料理中見るにはちょっと退屈かも?





Few days before, I browsed through the magazines at coffee shop.  I read the article titled "Mind your nannas - Life lessons from canny grannies." Athema, 70 year old lady says "Doesn't matter if he is Italian or Greek or any nationality. It's just the person. If you have love and respect, that's all you need. And good time in the bed room, because if you've not happy there, where will you be? It's good to be naughty!"I was surprise because Japanese old lady tend to not speak about the bedroom. However, to tell the truth, I was impressed what Athema says.  
数日前、珈琲やさんで雑誌をぱらぱらみてたときのこと。  「Mind your nannas --抜け目のないおばぁちゃんからの人生レッスン」というタイトルの、記事を読んだ。 70歳のAthemaさんがこんなことを言っている。「男がイタリア人だろうが、ギリシア人だろうが、どこの国籍の人だって、そんなのは関係ないの。ただの人間なんだから。愛とリスペクトがあれば、それが、全て。それからベッドルームでいい時間をすごせること。だってもし、そこが幸せじゃなかったら、あなたどこにいるっていうのよ?ノーティー(やらしい、みだらな)でいることは、いいことなのよ!」びっくり。だって日本人のおばぁちゃんは、めったに人前でそんな話しをしないでしょう?。でも、 正直なところ、私Athemaさんがいったことにちょっと感動したんだ。素敵。


I now have a feeling that women in Australia have much more freedom than women in Japan.  Women in Japan seems expected to be care many things like reputation, commonsense of Japanese.  When women do what they want to do, and that is different from commonsense, other people are not impressed  . Women need to restrain their desire or passion. Even passion for study. How many Japanese man or boy said to me "Why do you want to study more? You are girl."What other people think is often highly important compare to what my soul says in Japan. I guess this mind has been build up by agricultural life style. In the long history of rice-agriculture in Japan, people need to work together and share resources. Farmer was not able to live without community. Therefore, most important things tend to be community but not individual person. When one person's behavior  is different from other people in the community, it may destroy some harmony of the community. Let's go back to the interview of nannas. I'm pretty sure that my grand mother care my future husband's nationality. Moreover, she would care his job, family history and so on. How the man can fit in the society is sometimes more important than how much he love. I can't imagine my grandmother would says "Doesn't care. It's just the person", much less "a good time in the bed room."
なんとなく、私には、オーストラリアの女性たちは日本に女性よりもっと自由だなぁと感じる。  日本の女性は、「日本の常識」内で行動して、外聞を気にするように期待されてる。もし、女性がしたいことをして、それが日本常識から外れてた場合、まわりに嫌な顔をされるだろう。日本では、女はときに、願望とか情熱を抑える必要があります。たとえそれが勉強についてでさえ。何人の日本人の男の人が「なんだまだ勉強する必要があるの?女なのに」って私に言ったことか。 日本では、ときどき、他の人がなんて思うのか、のほうが、私の心がなんて言ってるのか、より大事とされることがあると思う。これは農耕民族の生活スタイルからうまれた感覚なのかなぁ、なんて思ったりする。日本の米農業の長い歴史のなかで、人は、水等の資源を共同でつかい、一緒に助け合って仕事してこなくちゃいけなかったから。農民は地域社会とのつながりなしに行きて行けなかった。 だから、一番大事にされるのはコミュニティーで、個人じゃない。 1人の人の振舞いがコミュニティーの他の人々と異なっていたら、それは、調和をみだすことになる。 オーストラリアのおばぁちゃんのインタビューに記事の話しにもどろう。 私の祖母が私の将来の夫の国籍について気にしないだなんて、思えない。 それだけじゃなく、彼の仕事や家系などについても気にかけるだろう。 男性がどう社会に(日本の社会に)適応しているか、は、ときに、彼がどれほど愛しているかより重要だったりする。 私の祖母が「国籍なんて気にしないよ。ただの人間よ」なんて言うとは想像できない。ましてや、「ベッドルームでいい時間がすごせるならいいのよ」なんて。


Although I like Japanese culture and customs that restraint own feeling and caring other's feelings, I also like Australian freedom and alive mind. I think I may be able to learn something from women in Australia without losing Japanese spirit. Japanese women may need to be humble and restraint, but why not to be little bit more confident like Australian women. Perhaps, it is not so bad to be little bit more naughty. maybe...
慎み深さや、他人のきもちへの配慮などの日本文化と習慣は好き。でも同時に、私はオーストラリアの自由と生き生きした精神も好き。 日本人のだいじな心を持ったまま、オーストラリアの女性から何かを学ぶことって、不可能じゃないと私はおもう。
日本人の女性は、謙虚で慎み深くある必要があるかも、でも、ちょっとくらいオーストラリアの女性のように、自分に自信をもって振る舞ってもいいんじゃないだろうか。それから、もしかしたら、もうちょっとだけノーティになったって、いいかもしれない




I opened the oven. The asparagus pie looked success.  
I can learn Australian recipes from Australian cooking books.
Why not to learn Australian women's mind.
I cut the asparagus pie and served with salad as the recipe told me.
It was so yummy.
I can enjoy the taste of Australian dish.
Of course I love Japanese food too.
オーブンの扉をあけた。アスパラガスのパイは成功したみたい。
ほら、私はオーストラリアの料理本から料理を学ぶことができる。
オーストラリアの女性の考え方からだって、きっとなにか学べるはず。
レシピに書いてある通りにアスパラガスのパイを切り分け、サラダを添えて盛りつけた。
ものすごくおいしかった。
私はオーストラリアの料理の味を楽しむことができる。
もちろん日本の料理も大好きだ。




The cover page of madison (magazine for women), November 2010 is Jessica Gomes' nude.
I love what she says in the mogazine.
マディソンという女性向け雑誌の11号の表紙は、ジェシカ・ゴメスのヌード。
私はジェシカの言葉が気に入っている。




" I'm not perfect."


私はパーフェクトじゃない。


"I'm not super - thin
and I've got boobs and a bum," she says.


私はスーパー細いわけじゃないし
おっぱいもおしりもあるわよ。と彼女は言う。
(いいモデルは凹凸のないスーパー細い身体をしてなくちゃいけない、
っていうのが常識らしい)






"And I actually look pretty good." 


でも、実際、私、けっこイケてるでしょ?











20100806

World news

When I was in Japan, I didn't care about "world news" so much. That may be because "the world" was really far from my reality world. I now have some friends from different countries, so "the world news" became more close to me.

My first nice friend (girl friend) in Tasmania is from Pakistan. When I found the word; Pakistan on news paper, my eyes are stopped and I started to read carefully.

"The world news" became "my world news".

There are always too many sad news on the news paper...




日本にいたときは、「ワールドニュース」のことなんてそんなに気にしたことがなかった。
たぶんそれは「ワールド」が私の現実のワールドからずいぶん遠かったから、なんだと思う。
今の私にはいろんな国出身の友達が居る。
だから、「ワールドニュース」はぐっと身近なものになった。
タスマニアに来て、はじめてできた女友達はパキスタン出身。
だから、新聞をパラパラめくっているときに、
パキスタンという文字を見つけると
私の目はそこに吸い寄せられ、それからじっくり記事を読む。

「ワールドニュース」は今や「私のワールドニュース」になった。

新聞にはあまりに多くのかなしいニュースが溢れている......
news paper

http://www.theaustralian.com.au/news/world/food-and-medicine-cannot-reach-flood-victims/story-e6frg6so-1225901290891 

20090413

Letter to Kenya. / ケニヤにおくる手紙。届けイメージ

遠くアフリカの大地へ 
KENYAの少年JHONに手紙をおくった。 

JHONは今一緒に暮らしているハウスメイトのJaredの義理の息子… 
義理の…ていう言葉は違うか、なんていうのが適切なのかな…。 
Jaredは、親のいないJHONを経済的な面で支えてる、足長おじさん。 

私がKENYAとJHONの話を聞かせてって、しゅっちゅうせがんでいたら 
Jaredは私にJHONから届いたハガキや手紙を見せてくれた。 
鉛筆の黒だけで描かれた絵。ボール、車、家、友達。 
くしゃくしゃっとかたいだアルファベットの文字。 
好きな教科は、数学。 
かとおもったら、次の手紙では好きな教科がスワヒリ語になってる。 
ふんふん。**君が大親友なのね…、 
サッカーをして遊ぶようになったのね…。 
あ、背が伸びてる!伸びてる伸びてる!! 
手紙を見ていると、一人の子供の成長を見てるようで、すごく楽しい。 
すごく、楽しい。 

どれくらいの頻度で返事を書いてるの? 
って聞いたら。Neverって。 
Never!? 
「忙しくて、手紙を書く時間がないんだよ…」 
そうだ。確かに彼はめっちゃくちゃ忙しく日々を過ごしている。 
そうかぁ…手紙を書く暇がないのかぁ… 

JHONは、このオーストラリアの「足長おじさん」についてどう思ってるんだろう。 
まだ小さい子供だから、もしかして、よく分かってないんじゃないだろうか。 
きっと、学校の先生か、援助団体のひとか、大人に 
「この人があなたをサポートしてくれてるから、感謝しなさい。手紙を書きなさい」 
って言われて、よくわからないまま手紙を書いてるんじゃないだろうか。 
「遠くはなれた場所にいるだれかが、あなたのことを気にかけて、想っている」 
って、ちゃんと感じているだろうか。 
うまく言えないけど、イメージとか感じることとかって大事で…。 

彼の送る資金はたしかに、JHONを助けているんだろう。 
Jaredは今自分にできることを、自分にできる範囲で精一杯している。 
やっぱり私は、そういうところを尊敬するわけで… 
じゃぁ私は?私にはなにができるんだろう。 


Jaredを通じてJHONという少年を知ったのも何かの縁。 
間接的に、私は彼の人生に関わることができる。 
この出会いはきっと、なにか意味があるに違いない。 
きっと私にはなにかすべきことがあるはずだ。 
全ての出会いや出来事には意味があると信じているし 
意味があるものにしたいと思う。 

さて、Jaredはお金を送れるけど、時間がない。 
私は、お金はないけど… 

「私、かわりに手紙を書いてもいい?」 
「Sure! Why not!?」 




JHONへ、こんにちは。 
いつも、素敵な絵の手紙を送ってくれてありがとう。 
Jaredは忙しくて返事がかけないけど、いつもあなたのことを考えているよ。 
この手紙は忙しいJaredにかわって、友達の真子が書いているよ。 
・ 
・ 
・ 
なるべく分かりやすい、短い英語で手紙を書きながら、 
なんとなく違和感…。 
小学校低学年。 
言葉も大事だけど、もっと大事なのはイメージだ。 


アフリカに暮らす少年へ 
どんなイメージを伝えよう。 
なにを伝えよう。 

未来がある子供には、世界は美しいと伝えたい。 
未来に夢を持って欲しいし、きらきら笑ってて欲しい。 








手紙は二部構成になった。「手紙」と「メッセージ」だ。 
それから、私がタスマニアのこの家で暮らすうちは何度も手紙を送ることにした。 
伝えたいイメージはたくさんある。でも、一度であれこれ伝えない。 
シンプルに、やわらかく、かるい感じでふわっと届けるメッセージを重ねていこう。 

JHONは学校で英語の授業があるらしいから英語で手紙を書くことにしたのだが、 
それをみてたJaredが、スワヒリ語に手紙を翻訳することをすすめてきた。 
JHONの母国語、第一言語はスワヒリ語だから、 
伝えたいことがあるなら、第一言語を使った方が効果的じゃないのか、と。 
そのとおりだな、と思った。 
うん。英語とスワヒリ語と両方で手紙を書こう 

私はてっきり、私が英語で書いた文章をJaredが翻訳してくれると思ったのだが 
…彼はそんなに甘くない(笑) 
「スワヒリ語–英語」の辞書を貸してくれた。 
「え?私、自分でスワヒリ語で手紙書くの?」 
「Try!」 
でも、辞書で単語分かっても、私スワヒリ語の文法知らないよ…っていったら 
スワヒリ語の文法は英語とほとんど同じだよっていいながら 
「セルフスタディスワヒリ語」って本を貸してくれた(笑) 

はじめてスワヒリ語で手紙を書いた。 
私が書いたあと、Jaredが、そのスワヒリ語が正しいのかチェックしてくれた。 
いっぱい訂正された。文法同じっていったのに、やっぱりちょっと違うじゃない… 
そのあと、より自然なスワヒリ語にする為にって、 
KENYAに住むJaredの友達(同じ年くらい)にチェックをお願いした。 
またいっぱい訂正された。 
そうして、二重チェックを通り抜けて一通の手紙が完成した。 

私の、人生初めてのスワヒリ語の手紙。 
私の、人生初めてのアフリカへの手紙。 



アフリカ、ケニア、ナダビビ地区の少年JHONへ 届けイメージ 

知ってる?世界は美しいのよ。それにとっても楽しいの。 











Jhon! Jambo! Una endeleaje? 
Jared anaishi pamoja na marafiki. 
German, Pakistani, Malaysian, and Japanese. 
Tuko marafiki. 
Kwa hakika Yohana, we ni rafiki yetu. 
Tuna kutakia furaha. 
Upendo na Aman. 

Je wajua? 
Tunaishi duniani. 
Tunaishi kwenye ulim wenga uleule, Dunia!! 

Tu marefiki. Una o marefiki. ulimwenguni kete. 

Upendo na Aman. 
Jared marefiki Masako. 








Jhon!! Hello! How are you? 
Jared lives with "Friends" 
German, Pakistani, Malaysian, and Japanese. 
We are friends. Of course Jhon, you are friend! 
We wish your happiness. 

Do you know? 
We live on the Earth. 
We live on same Planet. 
The Earth. 

We are friends. 
You have friends all over the world! 

Love and Peace 
Jared's friend Masako.

20081106

乳岩、鬼岩、明神山/変わるもの、変わらないもの





オバマ候補が次期アメリカ大統領に決まった。 
アメリカは変わるんだろな。なんか大っきい風が吹いとる。 
歴史の動いた日 

私は高校山岳部の友人Sと 
お互い変わらんねーーーと言いながら 一日山籠り。 
高校生の頃、毎月一度(一泊二日)の山登り、以外にもSとは 
沢登りや岩登り、桜や梅に石楠花のお花見、あとは短い映画づくり(!?)にと 
足繁に通い詰めた、懐かしい、私たちの庭、奥三河へ。 
大好きな乳岩峡、鬼岩、明神山へ。 

でっかい鬼岩を見上げながら、パンをもぐもぐ。 
ものすっごいオーバーハングしとる岩肌の隙間にいると 
どっちが上でどこが水平なのか、よく分からんくなる。 
16歳だった私たちが初めて鬼岩を訪ねてから、もう…8年、 
Sは看護師になりきちんと自立した大人の女になり 
私は、まー相変わらずふわふわしとるけどとりあえず24になった。 
誰がアメリカ大統領に選ばれようと、時代がどんなに変わろうとも、 
岩は、変わらない。ずっとそこにある。 
いったい何時から此処にこうして佇んでいるんだろう。 



ごはん食べつつ、変わるもの変わらないものについてアレコレ話していたら 
シゲシゲと岩を見上げていた30歳半ばくらいの男の人に声をかけられた 
「岩、登るんですか?」と。 
聞けばその人、ここ10年のブランクを経てのカムバック。 
昔はよく鬼岩に登っていたのだそうだ。 
もう一度はじめたいと思い、 
とりあえずクライミングシューズだけ持って様子見にきたのだそう。 
だれか登ってる人いるだろうから、混ぜてもらって、一緒に登ろうかなと。 
来たら、誰も登ってないじゃないかと。 
あはは。一緒だー。 
クライミングシューズはとりあえず持っとるけど。 
私も友人も、ここにくると必ず誰かが登っているハズと、信じ込んできていたので 
(事実私たちがここに来ると必ず誰かが岩にへばりついていた) 
誰もいないことに、ひどくガッカリしていたところだった。 
で、とりあえず、ご飯を食べていたのだ。 

そのおにぃさん、自分がどこをどう登っていたか、思い出せないなーと 
ぽそっと呟きながら岩を眺めてた。 
おにぃさんの10年前、つまり今の私たちの年。 
10年後、私達がどうなってるかさっぱり予想できんけど 
鬼岩はあいかわらずここにあるんだろうな。 
「無理は禁物。岩を見ただけで、元気になれたから良し。また出直そう。」 
と帰るおにぃさんに別れを告げて、 
私たちは、とろとろ少しだけトレッキングすることにした。 
明神山は標高にするとたったの1000mちょいだけど、 
とっても険しいの。 
「胸突き八丁」なんて、いかにもな名前の急な登りがあって、 
でっかい馬の背岩とか、鎖場もあって、楽しいの。 
楽しいの。 
楽し…し…しんどいね。 
怠けた体にはキツカッタ。 

10年後にまたここを訪ねたとしたら、 
岩も山も変わらなくとも、 
自分の体力は変わってるんだろう。 
変わらないでいるって、大変なことだな…と、 
今更ながらにQUATROの先輩の言葉を思い出していた。 

20080318

黄と青  遠くヒマラヤ山脈への祈りにかえて菜の花畑

    モンゴル草原で一番高貴な色は 青。 

    天の色だからだ。 






    モンゴル草原を旅したことがある。 
    あまりにも大きな圧倒的な青の下、馬をはしらせると 
    度々「オボ」に出会う。 
    積み上げられた石の山。 
    彼らの信仰の対象、天と地への祈りをささげる場所。 
    「オボ」は布で飾られていることが多い。 
    青い布。   
    白い布と、黄色い布が混ざることもある。 
    白は西方の民の信仰、黄色は南方のヒマラヤ山脈の民の信仰… 
    それぞれの民の「最も高貴な色」なのだと聞いた。 
    離れた場所の同種の民の信仰に敬意を示し 
    彼らへも祈りをささげているのだろうか。 




白人や黒人の赤ちゃんには、蒙古班がでないらしい。 
それどころか、同じ黄色人種の中国人にも、蒙古班はでないらしい。 
蒙古班、赤ちゃんの時におしりに青い痣ができるのは 
黄色人種の中でも”モンゴロイド”とよばれる人達だけらしい。 
そして”モンゴロイド”は世界のあちこちに散らばっているようだ。 


今となっては出所をさっぱり覚えてないアヤフヤな情報なのだが 
(たぶんなにかで読んだのだと思う) 
この話を知ったとき、私はとっても興奮したことを覚えている。 
まずはびっくりした。誰でも赤ちゃんの時ときはできるもんだと思っていたから。 
そしてじわじわなにか湧き上がるものがあった。 
何の意味があるのかきちんと解明されていない赤ちゃんのおしりの痣仲間が 
世界のあちこちにくらしている!? 

赤ちゃんのおしりに蒙古班ができる人を訪ね巡ってみたい。と思った。 
中学生の頃だか、高校生の頃だか、覚えてないけど、そう思った。 
世界のあちこちの赤ちゃんのおしりを追う自分を想像しては 
くふふ と笑っていた。 
大学に入り、友人Kにこの話をしたことがある。 
笑われるかな、とも思ったけど、真面目に聞いてくれた。 
「いいね!」 

長生きする予定の人生のなか 
時間と心とお金の工面がついたら 
(あるいは、時間かお金か…どれかひとつの都合がついたら) 
赤ちゃんのおしりに蒙古班のできる民を順々に訪ねまわってみよう。 
優先順位の低い長期計画の夢。 
真子の裏ライフワークのひとつ。 


愛しい、青痣をもつ仲間たちはどこに暮らしているのだろうか? 




          日本 

          モンゴル 

          ブータン 

          ヴェトナム 

          アメリカ大陸のインディアン 

          氷の世界に住むイヌイット… 





          そしてヒマラヤ山脈に暮らす チベット人 










チベットが(チベット自治区が)荒れている。 
火が放たれ、人々が殺されている。 
チベットで一番高貴な色、黄色の衣服を身にまとった僧侶たちが 
抗議をし、必死に訴えている。 

中国政府のいうことと、僧侶たちの叫び、ダライ・ラマの語ることば 
それぞれ違う。 
組織的な破壊活動なのか、虐殺なのか。 
真実はどこにあるのか。 

私はどうしたって、チベットよりの意見を持ってしまいがちなので 
(おしりの痣の件もあるし、 
Seven Years In Tibet はすごく好きな映画だし、 
なによりダライ・ラマのことばは私の心にしみいる) 
意見を述べるのは控えなくては。 
どうか中立な立場の国際機関が迅速に真実を調べてくれますように。 
そして平和な方法で、解決を…!! 




モンゴル自治区の子どもたちは、中国語で教育を受けていた。 
私と同じくらいの年の女の子は、教育の途中でモンゴル語から中国語に切り替えられた。 
羊飼いのおじぃちゃんたちは中国語を理解できなかった。 
孫娘と話すのに、モンゴル語−中国語の辞書が必要だ。 
「自治区」っていったい何なんだろ? 







草原を発つとき、首にかけてもらった青い布。 
お世話になった遊牧民からの寄せ書きがしてある。 
中国の文字と、モンゴルの文字が混じっている。 

映画Seven Years In Tibetでは、若き日のダライ・ラマが 
ブラッド・ピット演じる登山家ハラーの首に 
黄の布をかけるシーンがあった。 



    


      草原のオボに はためく布を想う。 

      モンゴル草原で一番高貴な色 青色にまじるのは 

      ヒマラヤ山脈で一番高貴な色 黄色。 




      草原の遊牧民たちは今 

      遠く離れたチベットに祈りをささげているだろうか。 




      赤ちゃんの時に、蒙古班を持つ仲間 

      チベットの平和を祈ってやまない。