20080705

海辺の話/否定しないこと、否定できること01

Tさんという人物を知ったキッカケは一枚の写真だった。 







砂の上に描かれたタートルトラック。
産卵の為上陸した、アカウミガメの足跡。


この写真を見て、しばし放心した後、ラブコール。


なんて強い写真なんだろう。
いい写真。
フィルムがどうとか、空気感が、とか、ピンをどこに合わせてどこぼかすとか
レンズがどうとか、こうとか、そういうのじゃなくて。
ただ強い。


砂浜の上の足跡は風に流されてすぐに消えてしまう。
毎朝毎朝欠かさずに海に出ている人だからこそ撮れる写真。
そして強いメッセージをもった人だからこそ。
この写真を撮ったのはカメラを生業としているカメラマンではなく
表浜、砂浜の魅力の虜になってしまった海の男。
それがTさんだ。




(*写真は表浜ネットワークさんのもの。に、ちょこっとだけ手を加えました。 )














さて。写真について少し説明をしたいとおもう。


愛知県の太平洋岸、表浜の砂浜沿いに並んでいる
「消波ブロック」「波消しブロック」あるいは「テトラポッド」。
(テトラポッド (tetrapod)」は本来4本足のもののことだけど。
商標登録されてる「テトラポッド」という言葉の方が消波ブロックよりも聞き覚えがあるのでは?)
この消波ブロックが、産卵したいアカウミガメの行く手を阻んでいる。
進んではブロックにぶつかり向きを変え、また挑戦しては…
この母ガメは産卵することなく海へもどった。
子ガメが孵化する時期になると、
この消波ブロックに阻まれて海にたどり着けずに息絶えた 
たくさんの死骸をみつけることができるという。














ところで、太平洋を回遊するアカウミガメの産卵地が
日本の砂浜だけだと知っていますか?
日本の砂浜で孵化した赤ちゃんカメは太平洋に泳ぎ出て
まずは黒潮にのって日本沿岸部を北上し
太平洋を渡ってアメリカ西海岸へ。その後南下。
ぐるっと太平洋を一一周する。
大きく育ったアカウミガメは自分の産まれた日本の海岸へ戻ってきて
砂浜に上陸し、産卵をする。
もし、日本の海岸の環境がアカウミガメの産卵を拒んだら
地球上のアカウミガメが命を繋ぐことはほぼ不可能になる。
ある種の生き物が完全に地球上からいなくなるかもしれない。
日本の海岸の責任は重大だ。
それを踏まえた上で、日本の沿岸部を眺める。
私はどうにも疑問を持たずにはいられない。
果たしてその消波ブロックは本当に私達にとって必要なものなんだろうか?


日本では海岸を大開発していた時期があるようだ。バブリーな時代。
あちこちの海岸が美しく整備された。商業施設、遊園地、ホテル、オフィスビル…
大学の建築学科では
「卒業設計のテーマーに“ウォーターフロント”を選んでおけばまず間違いない」
と言われていた時代。
その時代に計画されて、最近できあがった施設もいくつか思い浮かぶ。
時代においてけぼりにされて、採算があわなくて悲鳴をあげているあのエリア、あのテーマパーク…
キラキラ輝く灯りは、観覧車は、道は、巨大な娯楽施設は
ひとつの種類の生き物を根絶やしにしてまでも
するべき必要な開発なのだろうかか?




何もアカウミガメが特別かわいいから言っているのではない。
アカウミガメは、分かりやすく説明するためのひとつのアイコン過ぎない。
















今、消波ブロックの存在意義が揺らいでいる。


そもそも、消波ブロックは自然の驚異へ備えるためにつくられた。
防災効果を期待されてのことだ。
伊勢湾台風の記憶ののこる人も多いこのエリア
台風等自による水の災害への恐怖に慄きながら暮らしたくは無い。
では、私達が安心して暮らすためには
消波ブロックは必要不可欠なのか?




不思議な景色がある。
愛知県と静岡県の県境の海岸だ。(しまった!この写真も貰っとけばよかった)
消波ブロックは愛知県側にのみ存在する。ブロックの列は県境でぷっつりと途切れているのだ。


表浜海岸は、西は伊良湖岬から東は浜名湖今切口までの海岸までつづく
一続きの白い砂浜なのに…
http://www.omotehama.org/omotehamanw/contents/omotehamakaigan/index.html
西は危険だから消波ブロックが置いてある?東は安全だから置いてない?
砂浜は、海底は、この県境でぷっつり分かれ別の性質を持っているの?
ザラリとした違和感を感じる。


そんな景色になった一番の理由は、海岸整備の管轄が違うから。
日本は国中の海岸を一斉に消波ブロックで埋め尽くそうとした時期があった。
愛知県はその方針に乗り、静岡県は(表浜周辺では)乗らなかった。
考え方の違いかもしれない、経済的な事情かもしれない、何か黒い事情があるかもしれない
消波ブロックに守られた愛知県民は幸せで、
危険に晒されている静岡県民(表浜周辺の)は不運なのだと言い切ることができるのか?
消波ブロックは絶対に必要なのか?


水害や水難事故の減少にどの程度役立ったのだろうか?
調べれば、愛知県はデータを持っているかもしれない。
(たぶん持っているはず。でなきゃそんな整備おかしい。)
でも、そのデータはどのようにして取られたものだろうか?
誰が書いた報告書なのか?どの程度、信頼したらいいのか?


そう考えたとき、
必ず毎日
毎日欠かさず海へ出ている表浜ネットワークさんは際立つ。
その報告書には重みがある、と私は思う。
もっともっと何年も続けていけばなおさらだ。
利益も絡んでいないはず。(だと思う。この辺見抜く自信は、まだない。)
100%正しいんじゃないとしても(笑)表浜に関しては
いちばん信用のおける情報じゃないだろうか。














さて、その表浜ネットワークさんは、消波ブロックの危険性を訴え
存在意義を問いかけている。
1 砂浜の減少、喪失
2 生態系の崩壊
の二点。この原因に消波ブロックがあるのではないか。
ということだ。(仮定ね。)


今、日本の砂浜の面積が年々小さくなってきている。
このままでは消えちゃうかもしれない。
これは消波ブロックが、砂を運ぶ海の力を弱めてしまったからじゃないのか。


確かに消波ブロックは波を小さく弱くさせた。
しかしそのことで、弊害が生じている。
これが表浜ネットワークさんの意見だ。
http://www.omotehama.org/omotehamanw/contents/coast/index.html


消波ブロックの業者さんは、消波ブロックこそが砂浜の交代を食い止めていると言っている。
ウィキペディアの意見は、消波ブロック協会寄りのようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%88%E6%B3%A2%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%83%E3%82%AF




生態系について。
Tさんは海と陸をつなぐ、あいまいな領域、砂浜のグラデーションについて説明してくれた。
背が低く砂浜最前線に這う弘法麦から、照葉樹林まで
植物はなめらかなグラデーションをつくる。
草木はその根で砂や土をしっかりと支える。
砂浜はゆるやかに傾斜し、波の勢いを弱める。
詳細はこちらの図で
http://www.omotehama.org/pdf/omotehamacoast.pdf


このグラデーションのなかに、構造物が挿入されている。
コンクリートの塊である消波ブロックは植物のグラデーションをぷっつり分ける。
はしょるけど結果、地形にも影響を与える。
もともとなめらかな斜面だった地面には、階段状になる。
大きな段ができる。
フラットな地面では勢いを殺されずに水はすすみ、
ブロックと地形の段差の部分で大きなインパクトを生む。
植物のグラデーションは崩れた。地面のグラデーションもだ。
するとそこに生きる昆虫や動物などにも影響を与える。
アカウミガメにも。


自然界で重要なのは、バランスとグラデーションだという。
数々の生物は相互に影響を及ぼし合いながら、非常に微妙なバランスを保っている。
その全体を考えて手を出すべきだ、というのだ。
その繋がりや流れを断ち切るような消波ブロックは撤去すべきだと。


一方消波ブロック協会は、「バランス」や「つながり」ではなく
それぞれの生物に注目している。
消波ブロックという人工物を自然界に挿入することで、海は豊かになると考えているようだ。
http://www.shouha.jp/


さて、どちらの意見が正しいのか。
その判断はとても難しい。












さて、
行政は、「過ちをおこした」とは、容易には認めない。(…傾向にあるといわれている。)
ちょっと想像してみればいい
巨額の税金を使っての公共事業。
「やってみました、失敗でした。間違ってました」なんてそう簡単に言えるわけが無い。
信用問題に関わる。


消波ブロックを積み上げる。
それが、県民の為だと信じての行為だった筈だ。
自分に置き換えて想像してみればいい。
自分が信じて、何かの役に立つとがんばってきたことが
マイナスに作用していたと。間違っていたと、言われたら。
「あ。ほんとだ。わたし、まちがってたわ。今まで頑張ってこと、ぜーんぶ間違い」
って、すぐに納得できるはずがない。
自分の信じてきたもの、が、崩れるのだ。


自分が母だと信じてきた人が実は男だった。信じて乙女な相談もしてきた。違った。
そりゃ大変だ。でしょ?まずは混乱する。
その上、自分がよかれと思って「お母さん」と呼んでいたことで
その母(父?)を苦しめていたとしたら…
うーーん。ショックだ。知らず知らずのうちに誰かを苦しめていた。


そう、「間違いを認める」って難しい。
だから「消波ブロック肯定派」「消波ブロック否定派」の二派があった場合
最初から「消波ブロック肯定派」の方が優位なのだ。
だって、もう、実際、消波ブロックは、そこに、ある。






今まで自分が信じ続けてきたものが間違いだと分かったとき


もしくは、間違いかもしれないという疑惑がわいたとき


過去の自分を否定できる強さを持って欲しい。


君に。これからの、若い子たちに。






正しいこと、と、間違ってることは、ひっくりかえることがある。


真実は絶対じゃないし、ひとつでもない。




もしそんな場面に出くわしたら


自分が信じ続けてきたことも、じぶんの努力も全て


否定できること。それが大切。




Tさんの言葉は重くまっすぐ落ちてくる。
























2006年春。
豊橋市は、一部の消波ブロックの撤去に踏み切った。
撤去にかかった費用、およそ600万円。
豊橋市民による行政への信頼は落ちたか?
いや、その逆。


消波ブロックはまだたくさん残っている。
表浜にも。日本じゅうの海岸にも。






否定しないこと。否定できること。
そんな柔らかさと、強さを兼ね備えた人になりたいと、思う。
というか、ならなきゃ、いかん。だろう。
「自然環境に手を加え、人工物をつくる人」になって、作る側にまわるんだから。




否定しないこと。否定できること。

20080626

お百姓さん/土の話

「大忙しの田植えが終わって、次から次へと生えてくる草と毎日戦っていました 
ようやく一息つけたところです。 
バタバタとしていて連絡できなかったけど…元気ですか?」 
と、連絡をくれたのは、循環農法に精力的に取り組むHさん。  


              クローバー 


農家さんをまわっている。 
若くて、真剣に農にとりくむ人達。 
彼らは自分達のことを「百姓」と呼び、そう呼ばせたがる。お百姓さん。 
日に焼けた首の裏、がっしりした腕、汗ばんだ肌、爪の間にはいりこんだ土。 
「パソコンの前に一日中座っとるなんていかんに。危険危険。 
外に出て、体を動かして、汗をかかにゃぁ」 
にやっと笑う歯が白い。 

お百姓さんたちから、野菜を買い、卵を買う。 
自然が与え、お百姓さんが紡いだ「いのち」を頂く。 
うまい。うまいなぁ、と思う。 
この野菜が、自分のいのちになる。体になる。命の交歓。体中をめぐる。 
ご飯を食べながら、そんなことを考えると、妙なものは食べられないな と思う。 
今食べているものが、未来の身体をつくる。 
女の身体は自分ひとりのモノじゃない。 
いつか新しい命を宿すための借り物だと思うと、 
自分の身体に無責任なことはできなくなる。 
魚類から人間へ、10億年の進化をたどる母体の中での10ヶ月 
汚れた海で育てたくはない。 
「もぉ、おねぇちゃんは、いちいちオオゲサなんだから」と妹に笑われながら 
それでも大真面目な私は、本屋さんの「食」「生物」のコーナーが最近お気に入りだ。 
(お気に入りコーナーは、コロコロ変わる・笑 
こないだは精神分析学コーナーにどっぷりだった) 

さてさて。話がずれてしまったので、ちょこっと軌道修正。 
そう、今食べている野菜が、自分の身体をつくる。 
その野菜は、土からうまれる。大地。 
つまり、いろいろぶっとばして解釈すると 
自分の身体は大地から出来ていると言えなくもない。 
「身土不二」 
という言葉がある。 
身体と土は、気って切り離すことのできない=二つに分けることのできないものだという。 
(様々な解釈がされており、土を環境とする場合も、土地柄とする場合もある。 
最近流行のマクロビの本なんかでよく目にするが、 
マクロビ人間がこの言葉を使うとき、なぜだか違和感を感じている) 

まぁまぁ、難しいことはさておき 
裸足で、土の上に立って、 
庭の畑で育つ野菜を眺め、もいで、かじってみると実感する。 
「土ー野菜ー飯ーウマーーーーイ」 

六月。もりた家の畑では茄子が実をつけはじめた。 
きゅうり、トマトももうじきだ。 
もりた家には大きな梅の木があり、こちら今年もたっぷりとれた。 
半分は梅干に、半分は梅酒に仕込む。 
今年あけたうちの梅酒は14年ものだ。 
14年前10歳の私が、母を手伝い一緒に漬けた梅酒を今 
24歳になった娘が母と飲む。 
小学生のころの私が書いたラベルの文字、 
慎重な筆運びの「梅酒」に母がいたく感動していた。 

ちょっとあなた太りすぎじゃないのって感じの私の身体 
血圧やら何やらいろいろ調べてみるとびっくり超健康体。 
(あとはお酒さえ気をつければ……) 
「悪いものは食べさせてないよ」と自信を持って母が言う。 
「でも、もちょっと痩せなさいよ」と母は言う。 
痩せる痩せないは今回は置いといて 
私の身体をつくってきた食物の多くがこの土地から生まれたものだ。 
外食のこと、名古屋で暮らしてきた期間を除いて考えなければならないが、 
家でたべる米は全て、この田んぼでとれた米。 
文字通り「身土不二」 


              クローバー 


さて農家さんをめぐっている。お百姓さんをめぐっている。 
畑に行く。土を見る。泥を触る。虫を見る。蛙と目を合わせる。 
いろんな畑がある。いろんな農家さんがいる。いろんな土がある。 

豊橋、田原、渥美、このあたりは酸化鉄を多く含んだ赤土。 
海のほうへ行けばますます赤みが強くなる。 
砂性の土は水はけが良く、果菜類がよく育つのだと教えてくれた。 
水はけが良すぎて、以前は不毛の土地だったのが、豊川用水ができてから 
豊かな農業地域に変貌をとげた。 
山の方、新城、鳳来へ行くと、土は黒くしっとりとしてくる。 
黒土は養分たっぷり。 
粘土質の土は水もち、肥料もちが良いそうだ。 

赤土か黒土か。 
砂か粘土か。 
それぞれ長所短所があり、 
それぞれよく育つ作物と育ちにくい作物があるそうだ。 
海よりと山より、土の色が違い、そだつ野菜がちがうから 
畑の景色は一目見てずいぶん違う。 
おもしろいなーーーとわくわくしながら景色を眺める。 


              クローバー 


いろんな畑がある。 

雑草が一本も生えてないような(まぁ一本もってことはないけど)畑もある。 
虫が見えない、鳥がいない。 
膨らんでいっせいに色づく野菜を見ると、なんだか薄気味悪い。 
収穫時期を揃える為に、ホルモン剤を撒いて成長をコントロールするのだと聞いた。 
違法ではない。「人体に害は無い」と現在の研究上、法律上は安全な野菜だ。 
でも。 
自分の家で、その野菜を食べない農家さんがいる…。 
自分の家庭で食べる野菜は、別につくっていたりする…。 

一方で、まったく極端に草ぼうぼうの畑もある。 
最近徐々にはやってきている「自然農」というやつだ。 
不耕起、無農薬、無肥料。 
畑なんだか荒地なんだか、一見分からない。 
一つの種類の野菜だけを大量につくるから大量に虫が発生したり 
ひとつの病気が流行るのだと彼らはいう。 
少しずつ、いろんな植物を隣り合わせに育てる。草も一緒だ。 
草にまぎれて、ひょろひょろっとのびる野菜。 
「小さな実にはぎゅっと甘みと栄養がつまっているんだよ」 
なるほど。頭では分かったような気になるが、なんとなく腑に落ちない。 
なぜ私は疑問を持っているのだろう? 
自然農の畑では、美味しくて、安全で、栄養価の高い野菜がとれる。 
ごく少量。 
彼ら自身が自給できる分と、少しの現金収入を得られる分だけの野菜量。 

有機農法という方法をとるお百姓さんがいる。 
こちらは、自然農とは少し違い、耕すし、肥料もつかう。 
ただし化学肥料を一切使わず、草葉や糞、時には魚のアラなどでつくった肥料 
をつかうように心がけている。 
1cmの土をつくるのに10年の歳月がかかるのだという。 
10cmなら100年だ。気の遠くなる話。 
土への挑戦ははじまったばかり。 
丁寧に土をつくりはじめて数年。 
農薬は一切使わない。今まで土が含んでしまっていた農薬を浄化させるにも 
時間がかかる。 
過去に畑の隣にゴルフ場の計画が持ち上がったことがある。 
ゴルフ場の芝生を管理するために、大量の薬が撒かれるだろう。 
何年もかけて、育て上げた土は、一瞬にして死んでしまう。 
彼は猛反対した。今ほど理解のない当時、彼は必死に訴え署名を集めた。 
一農家の提言がキッカケでゴルフ場の計画は頓挫した。 


              クローバー 


子供を四人育てている、お茶農家さんがいる。 
農薬を極力減らして、真面目に安全でおいしいお茶づくりに励んでいる。 
何軒かのお茶農家が協力して、それぞれの畑をじゅんにめぐりながら作業する 
その協会からは離れた。協会のきまりよりももっと少ない農薬で、その代わり手間をかける。 
何人かのグループでお茶を摘むとなりの畑を横目に 
夫婦二人だけで作業をする。重労働。 
「儲かりはしないのよ。全然。ほんと贅沢はできないのよ。 
でもこの人がねぇ。どうしてもって、こだわるもんだから」 
と、奥さんは、旦那さんに目をやる。口をへの字に結んだだんなさん。 
「でもねぇ。子供達は『おかぁさん達の何が楽しいかわからん。 
わざわざそんな大変なこと』って。言うじゃんねぇ。分からんって。」 

無農薬にできることならしたいけれど、実際は難しい。 
完全無農薬を目指した一区画では、あやうく全滅しかけた。 
「ねぇ、このまま全滅したら、うちはやっていけないよ。食べていけないよ。 
一度だけ、一度だけでいいから少しだけ薬を撒こう」 
奥さんの必死の訴えで、だんなさんは折れて一度だけ薬を撒いた。 
薬への免疫がなかったせいか、たった一度の散布でおどろくほど効果が出た。 
ほんとにぎりぎりの最低限の農薬の使用で、その畑は持ちこたえた。 
だが、採算は合っていない。 


              クローバー 


おいしくて安全な野菜をつくる。 
理想に燃える若いお百姓さんたちが週に一度集まって、市をひらく。 
出勤前に寄れるようにと、朝はやくから市をたてる。 
おいしくて安全な野菜を求める、食の安全への関心の高い消費者が集まる。 
意外と、若いお母さん方が多い。 
小さな子供を抱いた人や、妊娠中の人。 
これだけ食の安全への信頼がゆらいでいる世の中、 
小さな子供に何を食べさせたらいいのか、必死なのだ。 
それだけ関心が高まっているのだな、と思う。 
市には飲食店を営む料理人達の姿も見かける。 
かれらは気に入った農家さん、畑、野菜をみつけると、 
直接仕入れる契約をするときもある。 

「マクロビオティック」「玄米食」「自然食」「ベジタリアン料理」 
などに傾倒している女の人も増えているようだ。 
否定する気はさらさらないが、意固地に掟を守り抜く戦士達はちょっと苦手だ。 
白米だっていいもんだよ。動物性たんぱく質、食べたいときあるじゃん。 
甘い砂糖のお菓子だって食べたいときあるさぁ。おいしいもん。と思う。 
でも、ま。ひとそれぞれ。信じるものがあるのだ。 
つべこべ言うつもりはない。 

厳格なる菜食主義者にして玄米崇拝者、農薬をこの世の悪と憎む若い女性が 
市をちょろちょろしている私に、あるお百姓さんをプレゼンテーションしてくれた。 
「ほんとにこの方は素晴らしい農家さんなの!儲けを全く考えずに私たちの為に頑張ってくれてる! 
奇特な方なの!もう、この人意外のお茶は飲めないわ! 
やっぱりこれからは無農薬よ無農薬!絶対無農薬!無農薬万歳だわ!」 
生産者のお百姓さんは、ちょっと困った顔をして、小さな声で言った。 
「完全無農薬というわけではないんですよ。でも、極力抑えてはいます。 
大儲けしようとは思ってないけど、大赤字を積み重ねていくわけにも。ね。」 
先ほどの段で説明したお茶農家さんだ。 
慎ましく暮らし、四人の子供を育てている。 
たった一度の農薬散布。他の畑で使う農薬の比ではないけれど… 
そう説明された熱心なマクロビニストの彼女はきょとんとした。 
そして、こう言い切った。 
「農薬はぜったいダメ!農薬を使ったお茶なんて、 
農薬を溶かして飲んでいるようなもんでしょっ!!」 

彼女の目的は「安全な食べ物」なのか「無農薬」という分かりやすいブランド名なのか。 
目的がズレてしまっていないだろうか。 
そう問いかけてみたかったけど、やめた。今の彼女の耳にはたぶん届かない。 

使い込んだシャツにエプロン、泥のついたズボン 
お茶を摘み、運び、子供の体操服をつくろった、小さいけれど、厚い手、 
節ばって、茶色く日焼けした手の爪はきれいに切りそろえられている。 
お百姓のおばさんは、かわいい笑顔を消して、申し訳なさそうに俯いた。 
「絶対無農薬」を語る若い女性の、白く柔らかそうな手には 
キラキラと高価そうな指輪が光っていた。 


              クローバー 


農業のことを考えるのは、難しい。 
単純に、安全でおいしい野菜をお百姓さんが作るには難しい風に 
社会がなっちゃってるみたいだ。 
むむむむ 
と難しい顔をしながら、私には途方も無い問題だわーとぺたんと座りこみ 
土をいじる。 
つちつちつちつち。いのちを生み出す土。 

私はただ、シンプルに、単純に、安全でおいしい野菜を食べていたい。 

いろんなお百姓さんの話を聞くたびに、頭がこんがらがってくる。 
なんてこったい。困ったな。東三河の野菜をどうまとめよう。 
もんもんとしながら、足を動かす。人に会う。 


              クローバー 


Hさん。日記の冒頭で紹介したHさんは、農業に 
信念を持って真面目に取り組む、熱い熱いお百姓さん。 
循環農法という農法を選択している。 
彼は静かに優しく、私に、土の話をしてくれた。 

「土って、すごいんだよ。 
人がわざわざ手を加えなくても、ちゃんとうまいこと回っていくんだよ。 
土は次に何をしたらいいのか自分で分かっているんだ。 
度重なる農薬散布で土が死んだ後、もしくは、大工事で掘り返された後 
土は自然に、自分の力で、命豊かな土にもどしていくんだよ。」 

「どういうことですか?」 

「荒れた土地をほうっておくと草が生えるでしょう。草はなぜ生えるのか。 
草は、その土に不足しているミネラルを作るんだよ。 
カルシウムの足りない所には細い小さな竹が生える。 
そのまま自然に倒れると 
…農地として使うために早く土を作りたいから私達は切り倒すんだけど… 
切り倒すと、ススキが生える。 
そのススキを毎年刈り倒して置くと小さくなり、無くなる。 
そのあとに生えるのはスギナ。 
スギナはケイ酸カルシウムをつくる。 
そして、ナズナ 
カラスノエンドウ、 
オオバコなどの薬草が出てくる。 
イネ科の植物が生えているところは、カルシウム欠乏。 
スギナやナズナは土づくりの主役で、スギナがでてくるのを見つけると 
『土が元気になってきたぞ』ってうれしくなる。 
もし、雑草も生えないような痩せた土地で野菜を育てようと思ったら 
少なくとも一年は、ぼうぼうに雑草をはやせば良い。 
生やしては、刈り込んで、すきこんでを繰り返せば、 
何の肥料を与えなくとも、土は元気になるんだよ。」 

土って、草ってすごい。  

Hさんの話を聞いて素直にそう思った。 
科学的に正しいかどうか、私には断言できるほどの頭も知識も足りないけど 
この話には、素直に素直にうなずける。なぜだろう。 
100%正しいとは思わないにしても、 

すごいよ、土、やるじゃん! 

雑草がぎっしり生えた土地はただの荒地じゃなかった。 
土の治療中だったのかぁ。 
生えてる草を見れば、土の状態がわかるんだ…そう思ってまわりを見回すと 
いままで同じに見えていたただの空き地や荒地がそれぞれ違って見えてきた。 
末期の土。初期段階の土。健康な土。 

高校生のころ、林正道さんという海の男が私に語ってくれた 
あの、海が自分で浄化していく過程ととても似通っている。 
自然ってすごいなぁ、と思う。 
かなわないや。 


              クローバー 


土ってすごいなぁ って感動したところで 
三河の野菜についてを記事にまとめて、このエリアの人に届けよーって 
夢中になってたのに…できなくなった。 
できなくなっちゃったよ。 

っちぇーーーーーーーーーー。 

このテーマも私の切り口も、重すぎるようだ。…否定できないけどさ。 
このエリアのフリーマガジン読者が欲しがっているのは 
安くて大盛りのお店の情報、野菜だったら、野菜が安く沢山買える場所だけなんだよ 
って、そーゆこと?それは肯定しかねる。 

が、まぁ、とにかく、ちぇーーーーーーーーっだ。 
しょんぼりだよ。まったく。さぁ。 
あーーーぁーーーーー。がっかり。 
しょぼくれた顔をしながら、野菜を手に取る。 
いんげんでも買ってかえって茹でてたべようか。 






金曜日の有機朝市で野菜をだしている、 
陽気なジャズメン(自称)のお百姓さんが 
鼻歌まじりにふふ〜んとにこにこ近づいてきて 
底抜けに明るい声で声をかけてきた。 
「おっ!編集者さん元気ィ?だめだよォ。そんな顔してちゃ。 
部屋に閉じこもって仕事しすぎなんじゃないのォ〜?? 
やっぱ外に出て、風にあたって、身体動かさなきゃネッ♪ 
よぉ〜〜〜し、じゃあ、温泉イコウか!温泉! 
いい温泉知っとるんだ〜。山奥の秘湯!天然露天風呂! 
一緒にはいろうか〜〜〜〜」 
「何言ってるんですか。一緒になんて入りませんよ!行きません!」 
って、むぅっとして言いながらも 
かかかかか と笑うその声で元気になっている自分に気がつく。 


「百姓っていうのはさ。百人の女を生き生きさせることができる男のことなんだ」 

だってさ。 
かなわないね・笑 

20080424

空の「あお」と草の「あお」のあいだに


生まれ故郷ではなくとも、好きなまちがあります。 

くねくねと曲がった坂の小道に、生い茂る緑が陰を落とした五月、 
そこかしこで茶香炉がたかれていたその日、 
香ばしいにおいに誘われるように、細い道の奥へ奥へと。 
おそるおそる覗いてまわった工房で、様々な陶芸家さんたちが聞かせてくれた、 
焼き物のこと、窯のなかでおきる物語、炎と色の話がとてもとても魅力的で。 
いつか自分で常滑の茶香炉を買うのだと心に決めたのは 
はじめて訪れた、高校生の頃。 

焼き物のまち、常滑。 

大学生になり行動範囲を広げた私はちょこちょこと常滑に通った。 
初めて買った器は、「深紅(しんしゃ)」の出来損ない。 
その名のとおり、深い紅が美しい器は 
窯を閉じて高温で焼くことで生まれるのだという。 
同じ釉薬を塗った器を、窯をあけて空気をたっぷりおくりこみながら焼き上げると 
紅から一転、織部にみられるような深い緑になるのだと、教えてもらった。 
「これが、紅、こっちが緑。釉薬は同じ。」 
ぽんと手に持たせてくれた、全く違う色の二つの器。 
ふと目を移すと、深く重厚な色の間に 
消え入りそうに透明な「あお」がひとつ。 
「深紅のはずが、紅くならなくてね。かといって緑にもならず。これは失敗」 
といったその器の、ゆるりと薄衣を纏ったかのような気張らなさが気に入って 
私はその器を買った。 

二十歳の初夏。 
また縁あって。 
アメリカからきた何人かの人たちと、常滑を散歩した。 
ゆるゆるとおしゃべりしながらのお散歩は楽しかった。 
一行の中にひとり、フランクロイドライトを敬愛する若い建築家が 
博物館に展示してあるテラコッタの破片を熱心に眺め、あれこれと語ってくれた。 
ライトの旧帝国ホテルの、あの黄褐色のレンガ(縦に筋が細かく入ったあれ)は 
この、常滑で焼かれたものだ。 
彼のつくったモザイク模様(?)を見ながら、なんのかんのと話した。 
私の語学がもう少し堪能であったならばと、悔やまれてならない。 
そして、たどたどしい英語のくせに熱弁をふるう私を 
にこにこと優しくサポートしてくれたのは 
甘い笑顔がかわいい、同じ年の獣医のタマゴ、ジョン! 
常滑はジョンに出会ったまち。 

今年年明け早々に、芸工の先輩に誘われて混じった「新年会」は 
常滑の陶芸家さんを囲むものだったし 
先週もその陶芸家さん主催の「自家製ビールと山車祭を楽しむ会」で 
まったりしてきたところだ。 
このまちの穏やかな空気と、人が好きだ。 
器と、手料理と、酒と、わいわいとした空気が好きな面々が集まるみたい。 
常滑には、日本各地だけでなく、海外からも作家さんが移り住んでいる。 
なんともあたたかな、来るもの拒まないオープンなまち。 



                




そんな常滑で 
窯元や陶芸家のつくった器を集め、ギャラリーに並べて、売る、 
先祖代々「焼き物売り」をしている方の、お宅にお邪魔した。 
「どーもはじめまして。あ、これ、お土産です。うちの庭の夏みかん。」 
「どーもどーも。まま、座って、座って。」 
初対面でもすぐに馴染み、居心地よく感じられるのが良い。嬉しい。 
明るい笑顔の絶えない若夫婦2人の、おいしい手料理をいただきながら 
尽きることのない、おしゃべりが楽しい。 

黒光りする薄い楕円の深皿にザクザクと盛られた新鮮な野菜のサラダに 
同じ皿に品よく収まった鮪の刺身には、魚ダシの醤油を合わせて。 
ぽってりと厚みのある小鉢のツナと玉葱のペーストをクラッカーにのせ、 
日本の南はじの方の窯からやってきた小皿に施された 
細かなヒダは、装飾だけでなく滑り止めになるのだな、と納得しつつ 
その繊細な模様が大胆な手法で描かれることを聞いてほほーと驚き。 
手におさまったときの重さがちょうど心地よい小さなボゥルに盛られた 
ベーコンの旨みがきいた小さなチーズパン(?)(先輩の手作り)は酒のツマミにぴったりで、 
ただ、私のもつ乳白色のコップに注ぐのはお酒でなくお茶…ちょこっと寂しい。 
潮干狩りしてきたとこ、というアサリの酒蒸しに伸びる手が止まらず、 
料理をするだんなさんていいなー、とパスタをつくる男の姿を羨ましく眺めて。 
食後には、先輩の手作り濃厚でしっとりとしたチョコレートバナナタルトに、 
ころっとしたまぁるいフォルムと、ざらっとした手触りが和むコーヒーカップでほっとぬくもる。 

あー美味しい。しあわせだわぁ。 
ふくふく、くふふ…といった心持で 
飲んでもないのにきもちよーくなってゆらゆらしながら器を物色。 
さすが「焼き物売り」を生業にしているだけあって、食器棚には器がたくさん。 
あれこれ手にとって、触って、光にあてて、とんと床に置いてみて… 

「焼き物売り」は「生き方売り」だと言う若旦那が 
すごくイイ顔をして、嬉しそうに愛しそうに、 
ひとつひとつの器のストーリーを語ってくれた。 

「これはOさんという人のつくった器。これが、おもしろい人で(ぷぷっ)(←思い出し笑してる) 
…まぁ、色々あるんだけど若いのに達観しちゃった僧侶みたいな人なんだ。」 
Oさんという人がどんなにおもしろい人なのか、 
伝説になりそうなとんでもない経験をいくつか経たのち、 
物事をどんなふうに捉える様になったのか、 
またそんな彼に相談ごとをしたときの、突拍子の無い返答や 
おちゃめなくせに苦悩して生み出された、アーティストとしての創作物と 
生業としての器作り、そして、今の暮らし方。 
語り口調があまりにおかしくて、笑いながら話に耳を傾けていたが 
かるく語っている話が濃く深く、底が見えない。 
これはOさんに一度、お会いしなくては…と思う。世の中なんと楽しい人がいることだろう。 
「だから、私達は、この器を“Oさんの托鉢”って呼んでるんだよねっ」 
と若奥さんが、ついっっと出してくれたお椀は 
土なのに金属のような、滑らかな光沢をもった、 
うすくて軽いのに重い、漆黒の宇宙のような器だった。 
Oさんの思想の塊のよう。 


                   半月ぴかぴか(新しい) 


「実は作家のつくるもの、よりも、民藝に惹かれとるんだわぁ」 
と、三河弁によく似た方言が落ち着く彼が、ほらほらと見せてくれたのは、 
シマウマのような模様が可愛らしい小皿。 
一枚の値段がなんとたったの三桁。300円。 
陶芸作家が名前を出して売ると、ゼロが、1個2個平気で増えるのに。 
型をとって焼く、工場で大量に生産される器が安く手に入る昨今 
今なお、手仕事で実用のもの、日用品をつくっている窯があるとは。 
そんな仕事が生き残っているとは…と驚き感じ入りながら 
その器の波打つ表面を撫でる。 
「おんた焼き」というのだそうだ。おんたには、今も昔も窯元は10しかない。 
増やさない。減らさない。 
世襲制がしっかりと残っているその村では、長男が跡を継ぐと決まっているのだそうだ。 
来るもの拒まず、だれでも陶芸を始められるオープンな常滑と違い 
この村では外部からの人を受け付けないのだそうだ。 
田舎出身の私としては、田舎独特の閉鎖的で封建的な雰囲気に 
つい、ネガティブなイメージを抱いてしまうが 
「だからこそ、技と質が保たれている。良いものが、きちんとのこり、続いている」 
のだろう。確かに。 

対照的なのが、南の、とある町。 
都会の暮らしに疲れた人がふらっと訪れて癒されるようなまち。 
常滑と同じように、オープンなその窯辺りに訪ねてくる若者は多いようだ。 
「自分探しにきた若者」がそのまま居ついて、 
「なんとなく手づくり風」にわざと素朴っぽくゆがませたりしてつくった器ほど 
見るに耐えないものはない。と思う。(嫌みな言い方になってしまって申し訳ない) 
個人の趣味として楽しむ分にはいいのだけれど、 
そういう「ヘタウマをねらった」ものにかぎって、結構なお値段がついて 
「ぎゃらり〜」にならんでいるから不思議だ。 

焼き物に限らず「手作り雑貨の店」を謳ったお店でも、 
似たような違和感を感じるときがある。あたたかないい仕事に混じって 
高い値段のついた素人の「作品」。うぅ〜〜〜ん。この作りでこの値段… 
「手作り」であれば何でもいいというわけではなかろうに。 
同じことが、書にも当てはまる。 
あいだみつおさんブーム以来、どうも「ヘタウマ」な文字が蔓延しすぎていやしないか。 
ちょっと崩してかけば、それなりにうまそうに見えるだろう、なんて安易な。 
「ほんとに基礎がきちんとしていてきれいに書ける人」が遊んだ文字とは 
一目瞭然、ぜんっぜん違うのに。 
母や妹が書を嗜むのを眺めているだけで、私は書かない、書けないのだから 
偉そうなこと言っちゃいかんのだろうけど…でももう一度繰り返したい 
趣味でやるぶんには全然構わないと思う。仲間内で楽しんだりとか。 
ただそれに、びっくりするよなお値段つけて奉るのはいかがなものかと。 
真剣にその道を極めた、または極めようとしている人に失礼ではないかと思うんです。 

一枚、300円の、おんた焼き の器を手に 
熱くなった話は、止めることがむずかしく、 
夜はどんどん更けていった。 


                   満月ぴかぴか(新しい) 


その日、夜遅くに家に帰った私は、家の食器棚を眺めた。 
まったく高価なものはなく、引き出物や、春のパン祭のお皿などが並ぶが 
しげしげと眺めてみると、和食器、それも焼き物の占める割合が多いことに気がついた。 
手前に陣取っている、普段の食事で良くつかうものはほとんど、焼き物だ。 
ぽってりと少し厚く、重みのあるもので、 
真っ白ではなく、色味のあるもの。 
自分の趣味だと思っていたけど、どうやら、母の趣味が私に染み付いただけみたいだ。 
母がどこからか買ってきた器のなかに、いくつか私の選んだものも混じる。 
「大好きなまちで、あの時あの窯で、あんな顔したひとのつくった器」 
だと思い出すと、きゅんと愛情が溢れてくる。 
それぞれの器に、ストーリーがある。 
それぞれ個性があって、愛い奴らだ。 

「生き方売り」なのだと言っていた人との話を反芻しながら考える。 
インターネットで、たいていなんでも買えちゃう今、 
店頭にものを並べて、人対人で売ることの意味 
窯のある地へ赴き、人対人で器を買うことの意味。 
そこに意味を見出せない店は、時代の流れに押されて消え去っていくだろう。 
潰れる前に、潔く店をたたんで早いとこネットショップに転向するのも手かもしれない。 
一方で、「人対人」の商売を大切に、真摯に仕事をしている店が必ず生き残れる保証は無い。 
ただ器をうるのではなく、その器がうまれる背景や過程、 
しいてはその陶芸家や、窯元の考え方や生き方まで語ってくれるこの人の店は素敵だ。 
今の時代の人には、うっとおしく暑苦しいんだろうか。いや、そんなことない。 
画面越しのやり取りに慣れた人ほど、FACE to FACE のやり取りを 
五感をフルにつかった体験を求めているんじゃないだろうか。 
無意識のうちで。きっと。 

マジメに、いい仕事をする小さな窯元が、つづけられなくなるのはかなしいな、と思う。 
マジメに、いい仕事をしている店がやっていけなくなるのは、さみしいなと、思う。 
真剣で真面目な仕事人は、応援したいなぁ となんとなく思う。 

…ちょっとアツくなってみたりして 
そんな自分に照れながら、キッチンチェック。 

この鍋、なに作ってるのかなーと、台所のお鍋のふたをあけると 
たくさんの筍が、アク抜きされていた。 
「そうか、もう筍の季節か」と蓋を閉め 
となりのお鍋のふたを開けると、 
ふわっといい香が立ち上った。 
たっぷりお鍋のそこには、煮干と鰹節が沈んでいる。 
一晩静かに寝かせると、おいしいおダシがとれるのだ。 
「おぉっと、母さん、コレは本気モードだね。」 
と、にやにやしながら蓋を閉じる。 
丁寧につくられた料理がどんなに美味しいかを知ってしまっている私には 
できあがる味を想像するだけで幸せになれる。次の日の楽しみができた。 


              ぴかぴか(新しい) ぴかぴか(新しい) ぴかぴか(新しい) 


ふと、 
筍の煮物を盛るなら、あの器がぴったりじゃないかな、と思いついた。 
自称「生き方売り」の「焼き物売り」さんのご自宅の食器棚にあったあのお皿。 
わたしの大好きなまち、常滑の陶芸家さんの手によるもの。 
「青という漢字はどうやって出来たか知っている?」の人。 
「空の“あお”と草の“あお”のあいだの色」 
を追い求め、器で表現しようとしているロマンチストさんがつくった 
きもちのよい「あお」の焼き物。 


空のような、草のような、あおの器に 
丁寧に煮付けられた筍の盛られた姿を想像し 
台所で一人、妄想世界にトリップしてしまった私は 
んふふふんふふとしばらく笑いがとまらなかった

20080318

黄と青  遠くヒマラヤ山脈への祈りにかえて菜の花畑

    モンゴル草原で一番高貴な色は 青。 

    天の色だからだ。 






    モンゴル草原を旅したことがある。 
    あまりにも大きな圧倒的な青の下、馬をはしらせると 
    度々「オボ」に出会う。 
    積み上げられた石の山。 
    彼らの信仰の対象、天と地への祈りをささげる場所。 
    「オボ」は布で飾られていることが多い。 
    青い布。   
    白い布と、黄色い布が混ざることもある。 
    白は西方の民の信仰、黄色は南方のヒマラヤ山脈の民の信仰… 
    それぞれの民の「最も高貴な色」なのだと聞いた。 
    離れた場所の同種の民の信仰に敬意を示し 
    彼らへも祈りをささげているのだろうか。 




白人や黒人の赤ちゃんには、蒙古班がでないらしい。 
それどころか、同じ黄色人種の中国人にも、蒙古班はでないらしい。 
蒙古班、赤ちゃんの時におしりに青い痣ができるのは 
黄色人種の中でも”モンゴロイド”とよばれる人達だけらしい。 
そして”モンゴロイド”は世界のあちこちに散らばっているようだ。 


今となっては出所をさっぱり覚えてないアヤフヤな情報なのだが 
(たぶんなにかで読んだのだと思う) 
この話を知ったとき、私はとっても興奮したことを覚えている。 
まずはびっくりした。誰でも赤ちゃんの時ときはできるもんだと思っていたから。 
そしてじわじわなにか湧き上がるものがあった。 
何の意味があるのかきちんと解明されていない赤ちゃんのおしりの痣仲間が 
世界のあちこちにくらしている!? 

赤ちゃんのおしりに蒙古班ができる人を訪ね巡ってみたい。と思った。 
中学生の頃だか、高校生の頃だか、覚えてないけど、そう思った。 
世界のあちこちの赤ちゃんのおしりを追う自分を想像しては 
くふふ と笑っていた。 
大学に入り、友人Kにこの話をしたことがある。 
笑われるかな、とも思ったけど、真面目に聞いてくれた。 
「いいね!」 

長生きする予定の人生のなか 
時間と心とお金の工面がついたら 
(あるいは、時間かお金か…どれかひとつの都合がついたら) 
赤ちゃんのおしりに蒙古班のできる民を順々に訪ねまわってみよう。 
優先順位の低い長期計画の夢。 
真子の裏ライフワークのひとつ。 


愛しい、青痣をもつ仲間たちはどこに暮らしているのだろうか? 




          日本 

          モンゴル 

          ブータン 

          ヴェトナム 

          アメリカ大陸のインディアン 

          氷の世界に住むイヌイット… 





          そしてヒマラヤ山脈に暮らす チベット人 










チベットが(チベット自治区が)荒れている。 
火が放たれ、人々が殺されている。 
チベットで一番高貴な色、黄色の衣服を身にまとった僧侶たちが 
抗議をし、必死に訴えている。 

中国政府のいうことと、僧侶たちの叫び、ダライ・ラマの語ることば 
それぞれ違う。 
組織的な破壊活動なのか、虐殺なのか。 
真実はどこにあるのか。 

私はどうしたって、チベットよりの意見を持ってしまいがちなので 
(おしりの痣の件もあるし、 
Seven Years In Tibet はすごく好きな映画だし、 
なによりダライ・ラマのことばは私の心にしみいる) 
意見を述べるのは控えなくては。 
どうか中立な立場の国際機関が迅速に真実を調べてくれますように。 
そして平和な方法で、解決を…!! 




モンゴル自治区の子どもたちは、中国語で教育を受けていた。 
私と同じくらいの年の女の子は、教育の途中でモンゴル語から中国語に切り替えられた。 
羊飼いのおじぃちゃんたちは中国語を理解できなかった。 
孫娘と話すのに、モンゴル語−中国語の辞書が必要だ。 
「自治区」っていったい何なんだろ? 







草原を発つとき、首にかけてもらった青い布。 
お世話になった遊牧民からの寄せ書きがしてある。 
中国の文字と、モンゴルの文字が混じっている。 

映画Seven Years In Tibetでは、若き日のダライ・ラマが 
ブラッド・ピット演じる登山家ハラーの首に 
黄の布をかけるシーンがあった。 



    


      草原のオボに はためく布を想う。 

      モンゴル草原で一番高貴な色 青色にまじるのは 

      ヒマラヤ山脈で一番高貴な色 黄色。 




      草原の遊牧民たちは今 

      遠く離れたチベットに祈りをささげているだろうか。 




      赤ちゃんの時に、蒙古班を持つ仲間 

      チベットの平和を祈ってやまない。